2020年04月05日

日記

私は子供の頃から、自分の家庭、自分の家族を持つのが夢だったのよ。
でもできないの。もう諦めた。ってか諦めるのが遅過ぎたし、悪あがきし過ぎた。
そういうところって付け入る隙として扱われるというか…

まぁ、世の中にはいろーんな人がいる。
私もその一部だし。

平穏に落ち着いて暮らせる日々って絶対に必要。それが得られないなら、よその国に移住したいって事も考えて、それはまだ諦めてない。

その思いを持っていたので、1人の外国人男性に恋をした。
あの時は、毎日がとても楽しかったよ。

女性として扱われるってこんな風なんだなー。とか
好きな人からこんな風に応答があると励まされたり、喜んだり、悲しかったり、喜怒哀楽が激しくなる自分の様子も、普段見られない自分を見れて、新鮮で楽しかった。

引き止める思いが(恋愛関係じゃないよ)あったのでそれ以上は進まなかったけど、良い経験だったし良い思い出だよ。
ただ残念なのは、あのとき思い切って国を出てしまえば、知らない町で、私を親身になって気にかけてくれる人がいる絶好の機会を失ったってこと。
もう、そのチャンスは無い。

恐らく、この時が『女としては』最高に幸せな毎日をおくれていたと思う。ただ、それより大事なことが私にはあっただけ。だから後悔はない。悲しかったし寂しかったけど、それを超える大事なものがあっただけ。
未来はわからない。もしこれを逃したらって考えることがあれば、同じ優先順位になるかもわからない。
私だって私の人生は大事だもの。
そうなったらレシピはサイトごと消えるのかもしれない。役目を果たし終わるから。

私はこれからもずっと1人だと思う。
家族を持つとか家庭を持つって夢を諦める事を乗り越えてしまえば、特に問題は無い。
私は1人の時間を過ごす方法をたくさん知ってる。誰かが近くにいれば邪魔になるような過ごし方を。

読書だって楽しんでできるし、ゲームだってちょうど良いタイミングやキリの良いところで終わらせられるし、曲を作るのも夢中になれるし。デボーションの時間も好きにとれる。
残念なのは、何をするにものっぴきならぬ集中力が必要だってこと。

家にいる時間の大半はヘッドホンをして過ごしてる。
元々肌が弱いので、ゴム製でも荒れちゃって。何度も皮が剥けたり、ジュクジュクした傷が治ったりを繰り返してるうちに固くなってきた。
楽器を使う人は、耳を痛めたく無いでしょ?ヘッドホンなんて毎日毎日するものじゃないし、何時間もするものじゃない。
だから、私が引っ越しするときには、音楽をやっていない人ばかりの場所がいいなーって思うの。
私が移動すれば、そこは色々やかましくなるってか騒がしくなるだろうから。

残りの人生をどう生きるかっていう自由度も、正直低いので…
ストレスをごまかすために何かに打ち込んでも人生の楽しみにはならないでしょ?
色々、祈りながら決めようとしてる。

世の中にはいろーんな人がいる。そう思って我慢もしてる。
けど、なんていうのかなぁ…
辛い時間を誤魔化してるだけの日々なのかもしれない。今までそうだったし。
今がどれほど嫌な事があったり辛い事があったりしても、思いもよらないときに寿命を迎える。明日かもしれないし数十年後かもしれない。事故かもしれない。病気かもしれない。自然死かもしれない。そうやって考えれば、なーに、こんな毎日も長くは続かないさーって思える。
安らかに眠れる日は、1日過ぎるごとに近づいてる。
生きているうちに経験したかった事や楽しんでおきたかった事は、死ぬときに考える時間あったらさ(笑)
誰かへの怒りとか出てきちゃって安らかにはなれないだろうから。
そこに対する欲求は、諦めじゃなくて、必要のないものって考えられるように努力してる。

私の書くレシピはこれからもずーっと1人分だよ。作りにくかったり、材料の諸事情があれば2人分になるけどね!
posted by Mako at 07:44| 日記

2020年04月04日

その音今かよw

とある人が毎晩出す音を楽器の音に変換して使えたら、ストレスが少し減るかも?
そう思って、壁際にある本棚に携帯乗せたぁ。
音声ばかり録れた。

一応音声を変えて、大半の内容を削除して遊んでみた。



ここまでやったら今になってドッタンバッタン始まったよ。

物を投げてる時の音でカンカン!って何か落ちてるのか?って音があるの。
それがリズムに使えそうなんだよ。
問題は振動を拾っちゃってクリアな音が録れない事なのよ。
ノイズゲートすると振動で飛び飛びになるし。




死ね!!って叫び出したw
ここさぁ。絶対お化けとかでないよ。
丑の刻なんてドッタンバッタン おい だの ふざけるな だの雄叫びもすごくて超賑やかだもの。

ある意味事故物件ですw
posted by Mako at 23:55| 日記

2020年04月01日

ひとりごと

昨日、まとまりの無い文章をダラダラと書いたのだけれど…

私も人の事は言えない。
でも書き込んだりはしない。


と書いたりなんかしてね。

これは、神の前には同じ事だったりする。

人と人の社会では、書いてしまった・言ってしまった人と、書いて無いけど・言ってないけど、そう思った人は全然違う。違うのは罪の重さや責任の重さだよね。

聖書を読んでいると「では誰が救われるのか?」と考える人がいる。
聖書の中にも、そう言う人がいる。
そう考える事ができたとき、きっと神はその人の近くにいる。
その疑問は真理の戸を開ける鍵になるから。

私は今日、ちょっと力をもらった。
たぶん、おこぼれのようなもの?誰かの思いや、祈りや、そのおこぼれのような感じ。
だって、私は立とうとしていなかったもの。

見上げたらマナが降ってきた感じ。

義人の祈りは必ずきかれる。
どこかの義人の祈りや思いが、私にもよいものを与えられて、神に感謝なのか人に感謝なのか右往左往してみたり。
モーセのように言おうか?

「主があなたを祝福し、あなたをまもられますように。」
私も、もっとしっかり立っていれば、誰かの上にも落ちる思いを届けられるのかもしれない。

posted by Mako at 18:22| 日記