2020年09月28日

2つの見なきゃ良かった

昨日ね、「逮捕されたのでは?」って噂になってたしんやっちょがキャス配信してたので覗いたのよ。
そもそもやっちょ今日も留守か?ってキャスを覗いたらやっちょがいたのでやっちょを覗いた感じw
ダブル覗きっすよw

話題作りか閲覧稼ぎで数日コソコソしてるだけなんだろうなぁって思ってたの。やっぱりそうだったみたい(笑)
とりあえず元気そうな姿を見れたので、つかまってなくて良かったって思ったのよ。

その前後なんだよね。見なきゃ良かったって思うものを見てしまったの。

ひとつめは、やっちょの配信を閉じたら、みずにゃんが配信しているのが見えたの。再生したらやっちょにオコで凸して絡んでたのよ。酔ってたのかなぁ?
あれじゃあやっちょがまともに見えてしまう(笑)
それに、みずにゃんが嫌な奴にしか見えない(汗)

で、見なきゃ良かったなぁと思った。気分の悪い放送枠だったのですぐに閉じた。

で、やっちょの放送を見る前に、やっぱり「やっちょはYouTubeもUPしてないのか?逮捕はされてないらしいけど?」とYouTubeを開いたのよ。

以前チャンネルを覗いたからかなぁ?それもとチャンネルを開くために動画の一部を1個再生してしまったから?
YouTubeのホーム画面にオカルトやってるMTVの動画が出てたの。タイトルが気になったのでポチッてしまったよ。

前編だけ視聴したの。後編は見てない。

いや〜〜〜〜〜〜〜。最後までわからかんかった。

なんか終始違和感しかない動画が気持ち悪いし、なんで通話の相手に感謝してるのかよくわからないし。
長いものや短いもので変な声あるし。
「え???これ何を見せたいのよ?」って。

あるはずのものが無いみたいな?電気がそこにあったら光ってないとダメでしょ?みたいな?
違和感が気持ち悪いし、変な声が入ってるのは仕込みなの?ユーチューバーは基本的に信用しないのが正しいと思ってる私(笑)
で、結局なんでもみんなこの人に感謝してるの?っていう…。

変なものを見てしまった…。って。これが見なきゃ良かった動画の1個目の話。

TVでやらなくなった分視聴を稼げる分野なんだろうけど、ダークなものには触れない方が良い。




残留思念って知ってる?

例えばね、公園のベンチで焼身自殺があったとするじゃない?
ベンチを新しくして何事も無かったかのようにきれいにしても、そこのベンチに座ると喉が渇く人の率が上がるってやつ。

これは幽霊がいるとかいないとかの話じゃなくて、人のその時の感情や記憶がしばらくその場に残るのでは?みたいな実験。イギリスかアメリカだったと思う。

根拠が無いので説も論も成立たない。だから仮説の域を出ない。そういうものなんだけれども…。

期限の悪い人に八つ当たりされ続けると、その人もイライラし始めて違う人にイライラをぶつけてしまう。こういうのもその類に入るらしいのよ。

何が言いたいかって・・。負の状態とか、あまりよくない状態の知らない人には、あまり近づかない方がいいよね?って話。
うつ病の人の近くにいるとうつ病になる人が出るとか…あるでしょ?

人って割と影響されやすいのよ。

インターネット上なら、画面に映ってる人は知らない人でしょ?結局のところ。

オカルトチャンネルにしろ、昨日のみずにゃんにしろ、最後までつきあうギリは無いというか…。嫌な気分になったり、不快な気分になったらとっとと閉じるのが心には健康的だと思う。

まぁ、とにかく、見なきゃ良かった。倒れたとかさ、「大丈夫なの?」って体調とか心配して再生しちゃう事もあるじゃない?タイトルに釣られるのは仕方ないにしても、そのチャンネルがどういうものかわかっているのに釣られる私はアホって話だわな。
posted by Mako at 17:04| 日記

2020年09月27日

呪(しゅ)の話

前記事『陰謀論者達について思った事』の続き投稿になります。




(しゅ)の話題



▼特攻隊の記憶の本です。

今日われ生きてあり :知覧特別攻撃隊員たちの軌跡 (新潮文庫)



賛否両論ある本で、『愛国心とは何か?』『命とは何か?』『戦争とは何か?』というテーマを、人それぞれに考えさせる本だと思います。
私はだいぶ前にこの本を読みましたが、現在ではですね、戦争と識字率の問題について考える事があります。テーマが外れるので今回は書きませんが。そして心身の成長具合ですね。これも考えさせられます。、



彼等は若人でありながら、死に向かっていく前に句が詠めました。日本の処刑前で死んでいった武士もそうですね。句が詠めました。
「武士道が」や「侍魂が」というような『日本人的精神論』を語る方は多いですよね。彼等は自分の人生が終わるとき、どんな名句を残すのでしょうか?



私の中にずっと残っている名句があります。


美味しいね
言わなきゃよかった
またこれか


いや、それは川柳ですから!!!!(笑)
そうなんですよ。川柳なら心に残ったりしますが、俳句はパッと頭に浮かばないんですよ。自分で詠む事もできません。日本人なのに。
だから、句が詠める人を尊敬します。


柿食えば
鐘が鳴るなり
法隆寺


「柿食べてたら法隆寺の鐘が鳴ったよ〜」って事ですよね。これの何が良いのかもわからなかったりします。私ガチで結構なバカなのです。



余談はこのぐらいにして、(しゅ)(以降呪と表記)の話に入りましょう。
呪というのは、日本に昔から伝わる(どう)の概念です。





  1. 武士道

  2. 弓道

  3. 剣道

  4. 茶道

  5. 武道

  6. 神道

  7. 柔道

  8. 書道




日本には多くの道があります。人生・武術・スポーツ・作法...etc...
あらゆる事に『道』が存在します。



私は、日本人が重んじてきた『道』には、独特の間合いがあると考えます。日本人の「空気読めよ!」という文化は、この間合いを感じて生きてきた事に根付いていると考えるのです。
間合いは立派な師に教わっても学べるものではありません。自分で感じて習得しなければならないからです。



「空気を読め!」の間合いも、人によって違います。お笑いコンビのツッコミもそうですし、上司が部下を庇うタイミングも『空気を読む』作業です。人によって変わりますし、立場によって変わります。
『間合い』を知る事は日本人らしさの象徴でもあるのです。
もうひとつ境界を読むなんて事もあります。



このような『道』の文化と密接な関係を持つもの。それが呪の文化です。呪は主に陰陽道が代表的にあげられますが、それは呪の文化を解説・理解しやすくしたものと考えます。






呪は境界であり道である



呪の代表例は『名付け』です。
赤ちゃんが生まれて名前をつける。「今日からお前は太朗だ!」
この行為が呪をかけるという行為になります。



名前がつけられた瞬間から、誰もがその赤子を太朗と認識します。また、名付けられた本人も太朗として育ちます。
名付けられる前は1人の赤ちゃんでしかない。しかし、名付けられた瞬間から太朗という個人に変わる。これが呪です。



これをもう少しわかりやすい言葉に変えて言うならば、境界を設けたという事になります。



お前は今日から太朗だ。
私は父親の政宗だ。
あれは母親のおつるだ。


このように境界(区別)を設ける事が呪の代表例です。



日本で一番古い宗教で、現在も残っているものは神社系ですよね。明治の国家神道ではありませんよ。あれは別物と言って良いでしょう。


神社は長い道のりや階段を通ってようやく境界である鳥居に辿り着きます。そこからが、神社に祀られる神の領域という事になります。鳥居はひとつの境界です。


このような境界を人にも作る。それが呪の代表例です。ですから日本人的文化でもあるのです。




  • おまえは子供だ。

  • 私は大人だ。

  • あなたは女だ。

  • 私は男だ。

  • あなたは先生だ。

  • 私は生徒だ。



このように、ひとつひとつ境界を設けていく事は呪の一種です。



父が厳格であり続け、母が尊敬される存在であり続ける事も呪の効果です。それ(境界)が薄れた昨今では、どちらも難しくなっています。
まるで同等の関係であるかのようです。


これは子が親を同等に見ている事もそうですが、親が子に対して恥ずべき行いや態度をしているという理由もあります。
呪は、人の行動や生き方に影響するものです。ですから、父は父親らしくあり、母は母親らしくあるという行動も呪によって現れるのです。


これを一言で言えば『道』となります。言ってみれば父親道とか母親道のようなものでしょうか?


呪の文化は、道の文化であり一対のものです。






日本男児の愛国心は呪である



これらの事を踏まえると、特攻隊であれ、その他の部隊であれ、『愛国教育』は呪であると言えると思います。


「日本男児たるもの…」と言うのも「我、愛国の勇士」と言うのも呪による境界によるものだと言えるのです。


「日本男児」も、他の国の人との境界があります。戦中国民に当て嵌められた「臣民」もそうです。境界を呪によって設けたのです。


「日本男児が日本男児らしくあるために」という行動力に「臣民たるもの」が上級クラスで乗せられているようなものです。





陰謀論者の言う『目覚め』は呪に気づいただけの話である



今回紹介したような著書に賛否両論が起こるのは、彼らの『精神道』を見る人と、単に『戦争の惨禍』を見る人に分かれるからだと思います。


絶賛しすぎても『先人に恥じぬ生き方』という呪がかかります。卑下しすぎても『なんでも戦争に結び付けて認める事ができない生き方』という呪がかかります。


私はクリスチャンですが、クリスチャンと言うのは、呪の呪縛からの自由人であるともいえます。ですから、この事についてはとても深く考えたいテーマです。
クリスチャンの中にも「クリスチャンらしくある生き方」という呪を自身にも他人にもかけている人がいます。ある程度は必要といえば必要なのですが、それを重んじると聖書の言う信仰が宗教化されてしまうので問題です。



これらの事を考えると、現在ネットに溢れている陰謀論者達は『自分自身にかけられた呪を認知しただけ』の状態と見る事ができると思います。





  • 人は本当は自由なんだ!

  • 植え付けられた常識にとらわれる必要なんかないんだ!

  • 吸い上げられているから我々は苦しいのだ!




これらは、ティーンネイジャーなら強く主張しても許されるのですが…ある程度大人になると困った人達になりかねません。


呪から抜け出そうと思えば、敵を作ったり、悪を暴く気になって、あれこれ中傷する事からも抜け出さなければならないのです。それでは『目覚め』と言っても、布団の中でウダウダしているのと変わりません。
「目覚めました!」と言うなら布団から出ろって話です。はい。


「彼等が起こそうとしている危機に備える」と備蓄をしたり、金融に代わる何かを収集するのは結構ですが、結局自分という個人の防衛にすぎません。


近くに河川敷があって水害を避けたいと考えている。それならば、どこまで水が来るかわからない事を議論するよりも、ひとつでも多く土嚢を積む方が賢いのです。
いつ来るかわからない、いつそれが起こるかわからない。そのような事を議論している暇があったら、人とつながる事の方有益です。災害時では人伝いに聞いた事で動かなければならない事も多々あります。


自分だけが食いつなげる・生きていける状況を備える事にどれだけの意味があるのか私にはよくわかりません。


あなたや家族だけが食べられる・生きられる備えは、あなた方が災害に飲まれて死んだ場合誰かの役に立ちますか?
生き残った人の食料として使えるなら良いですが、個の保身のための備蓄は、個の為であるので、それがそこにあると知らない人には何の役にも立ちません。飢えて死んでいく人がいる環境下で、役立たずにそこに存在するだけです。


結局のところ、呪から目覚めたと言いながら、新しい呪にはまっている。私にはそんな風に感じます。



備える事が悪いのではありません。備える事は賢者の行動であり、備えなかった者は愚か者と言う事もできますから。これは備蓄だけでなく、貯蓄でも言える事です。いわゆる人脈でも言える事でしょう。


手段と方法、考え方がお子様から成長しなければ、結局のところ新しい呪をかけているのと同じという事です。



これらの事を書きながら、自分自身についても色々考えています。私も肉体という器の中身はお子ちゃまなので(苦笑)

posted by Mako at 07:23| 読書

2020年09月26日

私がアホで理解できないの?か?な?

Qアノンのトランプ利用なのか支持なのかはハッキリしませんが、とにかく、その問題とですね。
それを信奉する日本人の風潮が怖い最近です。

配信者のコレコレさんがアドレノクロムに触れていたので、「今そんなに話題になってる?」と少し検索したのがきっかけで彼等のブログやら動画を少し読んだり視聴したりしました。

日本では、陰謀論で有名なベンジャミンフルフォードさんがいます。その信奉者達が、Qアノン情報とごちゃ混ぜにして色々拡散しているように見えます。

ヘラヘラしていて聞きにくいったらありゃしないな動画までも視聴しました。こちらはガチガチの陰謀論派のようですね。ちょっとカルト的な感じがします。
こちらで紹介している『ソースは…』というのをググってみました。ガチガチの反ユダヤ主義ですから、ソ連からでまわったものが中心になっているタイプの陰謀論のように思えます。

あの…。
トランプが掲げる『アメリカファースト』ですが、これの中身は『イスラエルファースト』と揶揄する人が多くいます。それは世界中にです。トランプとQアノンはまだしも、日本の陰謀論派がこれに合致するわけが無いのです。

「通貨がリセットされて、金本位制に移行する」と言っていますが、そんな事はあり得ません。逆に、そう勘違いして、ワンワールドに役立つ新しい価値観の通貨制度の実現に加担しているだけです。と、私には見えます。

シティ・オブ・ロンドンにしたって、しっかり暗躍(言い方よwww)してるじゃないですか。縮小するどころか新しい通貨価値の創造の為に、これまでのシステムを捨てて成長しようとしているように見えるのですが?

竹中のへーぞーちゃんが目指してきた通り、これらの資本家・銀行家達が、日本での銀行経営権に向かって動いてもいるじゃないですか。

反対を掲げながら加担しているように見えるのは私がアホだからなのでしょうか?




陰謀論者の多くはこう言います。「自分で調べて、知って、考える事が大切。目覚めてください。」
これについても私はしっくりこないんですよ。

彼等は確かに良く調べてはいるのですが…。

えっと、情報というものは「自分が知りたいと欲した情報ばかりが手にあまるほど集まってくる時代に入っている」と強く言っておきます。自分の考えに反論・反証する内容のものは、自分がそれを求めない限り入ってこないのです。しかし、情報を得た分だけ「自分はしっかり調べている」「情報を精査している」と思い込んでしまうのです。
これでは逆に閉鎖空間にいるようなものです。目覚めたという幻想を抱かせているのは、陰謀に関係した何かの情報を集めている努力が根拠なのです。




スノーデンのときもそうでしたし、現在のQアノンでもそうですが…。

これは、イエス・キリストをメシアとしている私が言うのもおこがましいのですけどね。

ヒーローや救世主的役割の人間を祭り上げて「悪は倒れる」のような妄言からは卒業しませんか?毎日毎日情報を集めて精査したからと言って、何に役立ってます?
それを人に話して共感してくれる人物を増やしたからと言って何の役に立つのでしょう?

情報を集めましょう。精査しましょう。待ちましょう。

この繰り返しはなんでしょう?

ウルトラマンが好きなら特撮を見れば良いのです。現実にはウルトラマンはいないのであれば、自分が行動するしかありません。

今飢えている人の事を、調べて知って話していても解決になりません。必要なのは食べ物や飲み物です。そんな事をしている間に死んでいきます。
陰謀論者達が嫌いなローマ教皇もそのぐらいの事はします。調査して知って精査する。そんな事は誰にでもできると考えるなら、陰謀情報を日々集めている人はどうなのでしょうか?
結局何もしないんですよ。「あの人が!」「あの集団が!」と期待しては裏切られを繰り返すだけです。

やる事といえば、終末や飢饉に備えて「自分がいかに生き延びるか」をに努力したり「自分がいかに健康で長生きできるか」に努力するばかりです。
そうして、世界が変わる報告をじっと待っているだけ。

陰謀は世界のどこにでも存在します。陰謀が昔からあるから陰謀という単語があるのです。暗殺だって陰謀のひとつです。クーデターだってそうです。
しかし、それを食い止めたいのであれば、陰謀に向かって動いている人以上に自分も動く必要があるのです。
他に解決策はありません。
それができないのであれば、本当か嘘かわからない情報を信じる仲間を増殖する行為をやめて欲しいという気持ちになります。

説得力より行動力を見せて欲しい。これは陰謀論を語る人々にいつも抱いてきた気持ちです。

陰謀論を信じる人に、対価を受け取って陰謀論の情報を開設する人物の話を聞きに行く。これもあまり意味がある事だとは思いません。
だいたい、本当にやばい状況があるのであれば、お金を出した人だけを集めて教える意味がわかりません。

最近富士山が休火山から活火山扱いになりました。
もし、来週の土曜日に必ず噴火するとわかっている場合、お金を払う人だけに教えますなんてありえますか?危機感を持てとか目覚めろと言うのなら、自分の置かれている状況から先に目覚めて欲しいです。

ちょっと一息入れたい時や、暇を持て余しているとき、このような話が面白ければ聞く気にもなります。実際面白い人はたくさんいます。けれど、害悪風な人達がいる事も事実です。

少しイライラしたので殴り書きをしてしまいましたです。あつ〜いコーヒーを入れて落ち着きますわ。
ホッと一息 コーヒータイム。これが一番リラックス効果あるかも。私には。コーヒー大好きです。下手っぴだけど頑張って美味しく入れますわよ!
posted by Mako at 19:18| 日記