2021年01月18日

シャーロットのおくりもの

聖書好きな人なら絶対好きだと思うの。
▼シャーロットのおくりもの

シャーロットのおくりもの




もちろん私も大好きなのよ。

▼それで、映画版が Amazon にあったので見たのよ。お正月やクリスマスに見たい映画ってやつよね。いわゆる。

シャーロットのおくりもの (吹替版)

もちろん楽しめると思って再生したの。
でも…。画面を見る事ができないというか、見るべき場所から目を逸らすシーンが多くて見るのがちょっと大変でした。

理由はひとつ。

シャーロット怖すぎがく〜(落胆した顔)

いや、見た目がちょっとグロ系であるからこその物語なんだけど。
だからこそのストーリーなんだけど…。
なんだろうなぁ…。3DCGでシャーロットをそれっぽくしちゃダメだってば・・・・たらーっ(汗)と、ちょっとした拒否反応が出てしまいまして…。

んでね、その見た目なのに、目がいっぱいあって怖いのに…。正面の顔が人間っぽく作られてるのがますます怖いの!!!!!
「やめて!やめて!」
「やめてくれぇ〜〜〜〜〜!!!」

これと戦いながら視聴しました。もちろんストーリーはシャーロットのおくりものなので好きなんだけどね。

シャーロットが残したもの。チビ集団もきつかったぁもうやだ〜(悲しい顔)
いや、物語は好きなんだけどねあせあせ(飛び散る汗)
posted by Mako at 19:04| 読書

想像できる?

想像してみて。

ーーーーここからーーーー

座って外を眺めていると隣に誰か座る。
そして「見てごらん。語られているよ。」と指をさす。
指をさされた方向を見ると、清書箇所を語っている人がいる。



またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。

弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。
「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」

ヨハネの福音書 9章



ーーーーここまでーーーー

心の中がスッと軽くなった気持ちになるけれど、同時に複雑な思いが込み上げてくる。
自分ではコントロールできない色々な思いがね。

風は気のままに種を運ぶ。
運ばれた種は必ず何かを成し遂げて返る。
無駄に運ばれる種は無い。

この聖書箇所には続きがある。



「わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行わなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。
わたしが世にいる間、わたしは世の光です。」



このような情勢でもあるので、ばかりに気が行ってしまう。けれど、前もって告げ知らされた神の言葉。これは全て実現してる。
クリスチャンはその事の証人であるけれども、これは先に起こる事を予め見ているのと同じだと思う。

「あの預言者のように、それを見れたら、聞けたら」と考える人は多く、その気持ちは、私も時々思う。けれども、それは私たち個人個人の傍らにあって、その間を歩かれる神がいる。

インマヌエルと呼ばれる私たちの主は、その呼び名の通りの方です。

でも、私はそれでも、様々な葛藤を抱えて向き直ってしまうのよ。
だから、クリスチャンとしては大人にはなりたくないの。
「なんで?」「どうして?」とまとわりつきながら、神の指のわざに感動していたいの。

最近ね、「稼ぐ」事ばかりに重点を置く人が、結果を出したとか成功者だとか言うのを眺めて思う事があるのよ。
「経営語る前に経済学ぼうぜ」ってね。「全体が見えとらんなぁ。子供か!」なんて。
言っておくけど私は私で経済音痴なのよ(笑)

聖書は、私たち主の民が愚かである事を許さない。思慮深くある事を勧めてくる。
だから、何か物事が起こっても、クリスチャンは少し引いて見たり、その中の個人にズームしたりして、現象や事象を悟ろうとする。
神が人に与えた知性も用いる。この繰り返しは、人の愚かさを少しずつ消してくれる良い機会となっているが…
私はそこで立ち止まるのよ。「私はいいや。このままで良い。」って。

私はヤコブを自分になぞらえる事がよくある。なかなかに強情なところがあって、相撲を挑もうとするんだよ。
でも。
やっぱりイエスさまが大好き黒ハート
posted by Mako at 18:51| 一人じゃないよ

次々現れるスーパーサイヤ人に騙されない

ある者は天才経営者。
ある者は成功者。
またある者はビジネスや経営の神。
果たしてその実態は?????

ただの守銭奴です(笑)




彼等はものすごい金持ちや成功者でありながら、私達の目の前に登場するまで、誰も知らなかったレアキャラですw

任天堂の社長が語る商戦略。
トヨタ創業者のビジネスモデル。

こういう著書があれば、多くの人が手に取ると思います。しかし、こんな人々を遥かに超えた知識とスキルを持った成功者が現れます。
「え?誰?」と戸惑っていると、彼の取り巻き達が言います。「このお方を知らないのか!!!」

スーパーサイヤ人は言います。「あなたに成功して欲しい。お金持ちになって欲しい。一緒にハッピーになりましょう。」
なんだかよくわからないスーパーサイヤ人は、私の成功を願い、財布の心配までしてくれる。
「見て。僕の成功の証を。」高級外車や金の延棒をちらつかせ、「あなたにもこうなって欲しいの」と微笑む。




次から次に沸いてくるスーパーサイヤ人。「ウザイ!!!」と本気で思います。
スーパーサイヤ人に騙される人がいるのは、ひとつ勘違いをしているからだと思います。

「お金が人を幸せにする」という考えは間違いです。世の中が金を追い求めて働く奴隷を作りだす為についた嘘です。
そうではなく、「お金をどう用いるか?」が、人を幸せにするのです。主権者はお金では無く、それを得たり使ったりする人の方です。
誰かがそれを独占すれば、数が決まっているので誰かが不幸になります。この状況がひとつずつ増えて行くと経済が円滑にまわらなくなり、独占して抱え込んでいた人のお金も価値の無い物に化けます。
お金の価値を上げる方法は、誰かが誰かよりも金持ちになる事では無く、限られた数しか無いそれを隅々まで廻して行き渡らせる事です。
これによって需要と供給が埋まり、社会が発展します。

一人で豪華な食事をするよりも、2人で思い出に残るようなディナーをする方が人を幸せにします。
自分の為にしかならない欲にお金を使うより、自分に投資する事でスキルや知識、技術を得て誰かの役に立つ方が満足します。自分は凄いと言わなくても、誰かが「あの人は凄い」と言ってくれます。感謝もされます。




お金に主導権を握られるのは馬鹿げた事です。
ペットに綱を引かれて散歩する飼い主はいません。飼い主がペットに綱をつけて歩くのです。

欲でお金を集める人は拝金主義に陥っている人が多いのですが、拝金主義はある種の共産主義です。人が支配してコントロールするはずのお金に力を持たせてはいけません。正義も公正も死んでしまいます。
金がある者は正しい者のように振る舞い、多く持たない者は罪が無くても裁かれる社会になります。

だから拝金主義は人間社会の敵です。
また、金銭欲に塗れた人も、人間社会の害悪です。

頑張った分だけ得られる。蓄えたいだけ蓄える事ができる。この社会を壊したく無いのなら、スーパーサイヤ人に騙されないようにしましょう。

彼等は金銭欲を餌に持ち上げられているので、それが無くなれば見向きもされません。これは成功者でしょうか?

エジソンは何故有名なの?
アインシュタインは?
モーツァルトは?

金で得られる栄養や功績は後の世代に残りません。
自分が生きてきた足跡を残さなければ意味がありません。
世界でなくても、地域、業種、子孫、家族。自分が生まれて生きてきたその跡を残す為の補助になるのがお金です。

人が寄ってきても「おごってもらえるから」という理由で楽しいですか?
それよりも「おごってやるから来いよ。おまえがいないと楽しくないんだ。」と、自分が払ってでも来て欲しいと思われる方が人の心に残ります。

「稼いだ者勝ち」と豪語するような欲丸出しの下品な人物。
なんだかわからないけれど「私はすごい」「私は成功者」と言っているけれど、人間的価値が疑わしい人。

一旦冷めた目で見ると、騙される事は無くなると思います。

posted by Mako at 13:45| 日記