2019年08月05日

タイムスリップした気分だった

今日、不動産屋の社長に会った。今住んでいる建物の仲介・管理をしてる会社の。

携帯で電話中だったので、会釈だけして通り過ぎた。

部屋の暗証番号を入力してる時、見慣れないものが目に入った。

「これ、何?」呆然と見つめた後「昭和かよ!」って呟いてた。

隣の家のドアに、借金取りのように貼り紙がベタベタ貼られていた。
借金取りと違うのは、ガムテで貼られてるので簡単に剥がせるって事ぐらいで、光景は昭和時代のそれ。

騒音の苦情が未だに増えている事。全く改善されない事。今日中に連絡しなければ契約解除。そんな事が書かれた紙がベタベタと。

気持ちはわからないでも無い。ってかそもそも、不動産屋さんが動くのが遅すぎたのもあると思う。
真下に住む人苦しんでたし。

でもさぁ。「そんなやり方かよ!」って思った。貼り紙ってたらーっ(汗)しかもあんなにたくさんふらふら

ちょっとね、かわいそうに思えてしまった。

今、窓が開いたり閉まったりしてるから、あのドアを開けて帰宅したんだろうなぁって。

騒音被害訴えてる方は、長期だし切実なのもわかる。だって、私隣だもの(笑)
どんなにすごいか、ヤバイか知ってる。

なんていうの?
周囲皆が苦情出して目の敵にされてて、ぼっちみらいに過ごしてたら?と余計な事考えちゃったり。
大丈夫かな?

以前よりマシにはなってるんだけど。
posted by Mako at 18:41| 日記

人の創造から考え事をしてみる

神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。


人は神のかたちとして創造されたと聖書に書かれています。男と女。二つの性が一つになると、1人の人を産みます。
人を世に送り出せるのは、神と人です。
人が人を受胎し産むのは、人が神のかたちとして造られたから。

だからね、天使は産めません。性もありません。

動物達は自然の草花は神の命令によって、創造物が創り出しました。

水中の自然は水が。空中の自然は空が。地上のものは地がそれぞれ作りました。
人は、神が地の塵を取って、神の手で、神の愛を持ってつくりました。

だから、人が人をつくるのには『愛』が在るべきなのです。
神が人を『愛の対象』としてつくったかたち通りに。




クリスチャンにとって、性を汚してはいけない理由はここにあります。

男と女と、それぞれの愛の営みによって新しい人が誕生する。

親と子の愛の営みが新しい家庭をつくる。

親と親、子と子の隣人愛によって平和な社会がうまれる。

平和をつくりだす人々の自然愛によって、美しい世界が実現する。

これらひとつひとつが神の宝物であり、全てがひとつになって神の前に輝くのです。




人が神に似た者として造られたのなら、神と人との違いは何でしょうか?

明確な違いはこうです。

  1. 神は自生できる。
  2. 人は自生できない。


これが1番の大きな違いです。

寝ても起きても、笑っても泣いても、人は呼吸をします。
昨日飲んでも、一昨日飲んでも、人は今日乾き新しく飲みます。
食べ物も同じです。

人が生きる為には、多くの整った環境が必要です。空気、酸素、温度、天候、水、食べ物…etc

人は自生できません。
しかし神は自生できます。

創造主である神の名として知られる『ヤハウェ』『ヤーウェ』『ヤーヴェ』と、発音は色々ありますが意味は同じです。

『在って在る者』です。とーってもわかりやすく言えば、英語のbe動詞のようなものです。


I am.
You are.
He is.
She is.


『〜である』。敢えて訳せばそうなりますが、あまり重要視して訳さないですよね。

be 動詞は主語を決定付けるものです。


である.
あなた である.
である.
彼女である.


『です』と訳しても良いです。私や彼等の主語を決定付ける役割があります。
創造主である神は主語からして在る者であり、主語を決定付ける役割も在る者というイメージでしょうかね?

時、場所、範囲を問わず在る存在でもあります。

聖書の神が『主(英語ではThe Lord)』と呼ばれるのは、イスラエル民族が神を『Adonai(アドナイ)』と呼んだからです。
『主人』を意味する『adon』から来ています。
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posted by Mako at 05:33| 日記