2019年09月01日

すっごく笑ったw






シバターおもしろw 立花先生優しいなぁ。懇切丁寧に大人の対応を述べるところが。

これが強要になるのか?ってなる可能性を十分に含んでますよ。マジで。

「シバターさんの自作自演なんjたないの?」と考える人が多かったのは理由があるんです。
このイタズラを受けて然るべきというレベルに全く達しない知識と内容しか語っていないのよ。物申したシバターさんが。

政経問題に基礎知識が無いまま飛び込んで行ったら、本来の問題点や論点、それによって起こる因果を考えて発言できる人にとってはね、失礼な言い方かもしれないけれど『なんとしても黙らせなければ』というような理由が全く見つからない。その程度の事しか語っていないのね。
でね、政治活動に参加する人間が、その思想の故にこれらの事を起こせばね、それは『政治犯』なのよ。
アンチがどうこうってレベルの話ではないわけ。

政治犯となれば右翼の可能性まで疑わなければならないし、その先には暴対法関連組織と金の動きが出てくるのよ。

支持者の可愛いいたずら程度に考えたって、身柄拘束され、前科がつく可能性のある事を『政治犯』としてやるべきほどの内容でも無いし知識量でも無い。

なら、政治という立場を離れた誰かでしょ?となるわけ。
で、政治を離れた誰かの行動を、証拠も無しに「あなたの支持者が…」と話を持っていってもそりゃダメだわ。
支持者との基盤、信頼関係、政治を行うのに1番大事な部分。これを最初から持ってるのが2世議員達なんだけれどね。ここに、支援してもらってる政治家が「貴方達が疑わしい」と言えと(笑)
もぉーどんだけー(笑)

支援団体や支持者達を切り離す工作員じゃないんだから!笑笑




再生数を稼ぎたいのか、動画のネタにしたいのかわからないスタートだけど、自分でガソリンを撒いて着火したのよね。
で、狙った獲物は釣れなくて、稚魚や雑魚、愉快犯が釣れちゃったのよね。
愉快犯は、構うと増殖するのよ。
構ってもらえるとか、効果があると思えば繰り返すのよ。だから、実害が出たら水面下で対応するのが良いという話は至極真っ当です。

だからね、軽い気持ちで政経問題に首突っ込まないのが吉っていう例だよね。
営業や接待、サークル活動なんかにも『政治と宗教は持ち込まない』という社会の知恵。これを守るか、徹底的に勉強するかしか無いのよね。

これから新社会人になる人達だってさ、入社試験に『一般常識』という科目で政治経済を問われるでしょ?すごく勉強してるわけでしょ?
社会に出て長ければ長いほど、知識という面では弱いのよ。大人達って。

大きな会社の経営者で、政治家の発言が株価や輸出入に影響する。そんな人物でも無い限り、知識量は自然に増える事無いからねぇ。




動画や録音しながら強要すれば証拠付きになるので気をつけたい方が良いですよ。皆。
どう扱うかとか状況にもよるけど、私がこの件でシバターさんに凸したとするじゃ無い?
話がヒートアップして「おい!ババー!」とシバターさんが言ったってね、侮辱罪で被害出す事だってできるんですよ。
「誰とは言わないけどね」という言い方で、おかしなあだ名をつけて侮辱しても方法はあるんです。判例にも詳しかったら秒で「あ。被害出そーっと」なんて思われちゃいますよ。
好きな人はね。やりますよ。

メッセンジャーの内容をスクショして相手に送りつける人もいたりして、どこからどこまでなるかわかりません。
しまむら土下座事件でだって、強要罪は有名になったじゃないですか。

気をつけましょうね。私も熱くなると自制きかない事あるから気をつけないと。マジで。


火の粉はなるべく避けた方が良いです。
posted by Mako at 20:30| 日記

秋からスタートの外国語勉強法

キリスト教伝道者の聖書メッセージを聞いてみます?


牧師や神父よりライトな感じなので一般向けです。

この放送の最初にかかっている音楽は『主は私の羊飼い』という、有名な詩篇の1編を歌にしたものです。
日々、聖書を読んだり、祈ったり、賛美したりする時間を『devotion(デボーション)』と言います。私はこの時に、この歌を歌うのが好きです。この詩編の内容は、時や場所、場合を選ばず助けになるからです。

クリスチャンは皆、家族がクリスチャンであれば一緒に行う事も多いのですが、1人でこれをする時間を欲しがっています。集中して神と向き合いたいのでしょうね。

誰かについ言ってしまった事、親切にしてもらったのに、イライラしてつい当たってしまった事、とても嬉しかった事、なんでもイエスさまに聞いて欲しいのです。

学校から帰った子供が親に話すように、夫の帰宅を待っていた妻のように、親友と食卓を囲んだ時のように。

だから「おまぁ〜は欧米人かよ!?」と言われるレベルに、自分の時間やプライベート空間を大事にします。

けれど、忙しいのが現代人。なかなか時間が作れなかったり、疲れているので途中で眠ってしまったり。うまくその時間が取れないのが悩みという人は多いと思います。




現在は、インターネットがあるおかげで、そのような人々がラジオや集会、祈祷会や礼拝の様子を聴きながら移動できますから、少し贅沢な悩みに思えるかもしれません。過去の時代の方々には。
けれど、自分の言葉です、自分の思いで、神の前で語る。これはとても大切で、このような事では埋められません。

聖書の神なが人に『こうしなさい』と言った事のひとつ、これはキリストの民が行う事の特徴のひとつでもありますが…

『同じ言葉をダラダラと述べてはならない』というのがあるんですよ。ちょっと言い方が良くないけど(笑)

読経のように繰り返し言葉にする事はしないし、自分で意味がわかっていない事も言いません。

『主の祈り』というイエスキリストが弟子達に教えたものがあります。

天にまします我等の父よ
願わくば御名を崇めさせ給え…


聞いた事のある人もいるかもしれません。これは祈り方の雛形です。まずは信仰と仰ぎ見るべきものの告白、混沌とした世が終わり御神の治める世の実現とその希望、神の御思いの成就…
そこから自分達という個人と神との関係に関する事、そして人とのかかわりの事。
それらが全て順序立てて並べられた祈りの雛形です。

私は、これを守ろうとして『主の祈り』を終えてから自分の祈りに入る事がよくあります。でも、大抵はうまくいかないです。形式や順番を意識すると、言葉を並べるだけの虚しい行為になってしまって心がついていきません。

でも、自分の事ばかりを述べずにすむ練習?にはなっています。




ネットがあれば聞ける。これも善し悪しで、おかしな教理を述べる団体も多くあります。いわゆる異端です。
有名な異端三団体に近づきたい人は、よっぽどの物好きでしょうけど(笑)
異端として名が知れていないと難しいですよね。

急に話が変わるけど…
秋が始まるので、何か新しい事を始めようと思ったの。私も新学期開始って事ですわw
子供用の聖書物語シリーズがあるんですよ。例えば創世記なら1日目にあれが出来て次はこれと進んでいっtr、最後に神さまが休まれた安息日までだけ。これだけを創世記からピックアップして絵本のようにまとめているもの。

そのシリーズの英語とイタリア語の音読をして丸ごと覚えちゃおうという試みです。
聖書に関する物語は、子供向けとは言え語彙が増えますからね。
地の上の生き物、水中の生き物、こういう分類も、動物の表現の分類に出てきたりしますし。
完全に覚えなくても、しつこく音読をして覚えるだけで役に立ちそうなんだもの。
そうすれば、良い外国の宣教師の聖書メッセージもさw 少しは理解できるかとw

一応、ヴァチカンはイタリア語を主に使うけれど…あまり役に立たないです。最後まで聞く気にならないの。
あの… 取り上げる問題が大きすぎたり抽象的だったりというだけで、集中して聞きにくいのです。漠然としている。これが学習目的があるとね…
ちょっとしんどいんですよ。スッキリしない、ハッキリしない事は、学習者向け教材になりません。まぁ、語っている側もそこに目的を置いてませんが(笑)
posted by Mako at 18:49| 日記

生きて生きて生きて

マリヤとヨセフのクリスマス物語の映画を見た時、ジーッと見てた。

「この指輪で聖別し給え」

2人の愛と信仰の物語であるその映画でね、婚約の儀式だったかしら?
現代のカップルが行う指輪交換ってやつ。あれのシーンがあったの。違う映画だったかも?

日本人はいつから結婚指輪をするようになったのだろう?
意味や特別感はあるのかしら?

TVドラマでは、夫婦のどちらかが浮気をする時に、まるで印象付けるように指輪を外すシーンが映される事がある。

私には、結婚指輪というものは、子供の頃からの憧れだった。
今は、私にとってこれほど無関係な物は無い。
だって、あれは夫婦でつけるものであって、夫婦のような者や夫婦っぽい者がする為にあるのでは無いもの。

あ。言っておくけど、悲観してるわけじゃないの。欲しかったものが得られないとわかった後は、子供のように声をあげて泣いたけど、ちゃんと乗り越えた。
誰が慰めてくれるわけでも無く、どんなに泣いても泣き足りなくてね。
途中で涙が出てこなくなって「涙が枯れるってこれ?」と思った瞬間、再び大粒の涙が落ちるの。

私はクリスチャンなので、ずっとずっとイエスさまを心の中で呼んでたなぁ。
何日も何日も大泣きしてやっとね。再び夢を見れた。子供の頃のように。

でもね、最近夢を見ないの。見てもくだらないどーでも良いものばかり見る。多分、いや、きっと弱ってるからだと思う。でも、どんな事でも見ないで信じる方が幸いなのだから。とは思ってる。それが1番強い。
個人の経験によるものは、厄介で曲げやすく、判別も難しい。






昨日『サタンの正体』というタイトルの動画を再生した。都市伝説系ユーチューバーが語り手として出てきて「なぁーんだ。あんたでごぜぇーますか」と、少し再生して閉じたの。

冥界の王とか黄泉の王とか呼んでいて、結局それは概念であるという結論に帰着するいつものパターンなんだなぁと思ったの。結論が見えたら興味無しフォルダに入っちゃうのよねー。

大切な呼び名を忘れてる。

サタンの王としての呼び名は『この世の王』だよ。

たまには口語訳を引用しようかしら?


次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。

マタイ4章


ルカの福音書を使って作った映画JESUS。あれではこのシーンで「これらは私に任されている。だから誰にでもやれる」というような言葉が追加されてたような?

キリストの公生涯をテーマにした映画ならナザレのイエスが1番好きなの。カトリック色が強くて『イエスは白人』と印象付けるようなシーンがあったのね。主観だけど。それ以外は長編だけど見やすくて、そっちばかり見たのよ。
JESUSももちろん好きだけど、記憶がごちゃまぜになってるかも?

キリストをテーマにした映画を現代で撮るのは大変なんですって。
一応エルサレムストーンで建物が作られてるから、外観はそのまま撮影できるけど…

電線や看板、飛行機にバス、車、観光客にイナゴの大群。それらが映らないように雨季を避けてってのが大変らしいよ。

さて。話を戻そう。




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posted by Mako at 05:21| 日記