2019年09月05日

レヴィナスの『責任論』から〜序章

N国党や立花先生の話に飽きたので(笑)
たまにはビジネス論的なものを書いてみようかと。
今回は序章です。




「アメリカで訴訟を起こされたら大変だ。」
こういう話を良く聞くじゃないですか。
それは『金額』の違いですよね。
なぜ日本と他国はこうも違うのでしょうか?

日本では『報復的請求』を認められていないからです。これは最高裁判決で出た判例基準です。

実質的損害(因果のあるもの)+精神的苦痛を計算しても、ビックリするような金額になる事はありません。それがあるとすれば、電車への飛び込み自殺のように「それをやったら高いよー」と、皆が想像つく範囲になります。

『責任』と言う言葉は、常日頃社会に飛び交っています。

仏国の エマニュエル・レヴィナス という哲学者は『責任論』に重きを置いている哲学者でした。

哲学はね、私が嫌いなものです。理由は簡単で『結論が無い』からです(笑)

彼はユダヤ人でもあるので、罪と神、裁きと責任について、聖書的理解やタルムード思想があります。

wikiから少しだけ引用しましょう。

「無限の責任を課す他者」こそが「他者」だと言う。「私」(自己)とは、「他者に対し無限の責任を負う」者であり、「私」と「他者」は非対称で不公平な関係にある。


他者の定義の一部です。「キィーーーー!!」ってなりません?私だけ?(笑)

彼の言う『責任論』を理解しなければ、なんのこっちゃよくわからないですよね。




レヴィナス の『責任論』



レヴィナスの哲学において『責任とは果たす事が出来ないもの』となります。

わかりやすく例をあげますね。
  • 新車で事故られた。
  • 息子を殺された。
  • 家を放火された。
  • レイプされた。


自分がそれぞれの犯人や加害者だったとした場合、どう責任を取りますか?

同等の金品かそれ以上で償いをする。刑に服する。このような事が浮かびましたか?

それは責任を取ったと言えるのでしょうか?

新車で事故られた。
一度事故車になれば、修理してもずっと事故車です。

息子を殺された。
犯人を死刑にしても、死んだ息子は生き返りません。

家を放火された。
一緒に燃やされた思い出の品も、子供の背丈を測った柱の傷も、元どおりになる事はありません。

レイプされた。
女性は処女には戻れません。


取れない責任の代替え措置にすぎない。違いますか?

同等かそれ以上の金品と言っても、命は買えないものです。女性の処女も買えません。焼けてしまった家族だけの思い出も買えません。事故車扱いになる前の状態もそうです。お金で買えません。

結局、弁償しても、代わりの物を与えても『責任は取れていない』のです。

自分が犯したなんらかの間違い、不適切な発言、犯罪…etc
これらの事柄に「責任取れ!」と言う者が『他者』という存在だ。これが彼が定義した他者です。

ここが哲学っぽいのですが、『人は代替え措置をする以外に責任は取れない』事が、先ほどの例でわかりました。彼の哲学条の『責任論』ですけどね^^

と言う事はこうなります。

「責任を取れ」と言う者。
「お前は永遠に責任が取れない」と言っているのと同じ者。(無限の責任を負わせる者という事)


もう一度、レヴィナスの『他者』の定義の一部を見てみましょう。

「無限の責任を課す他者」こそが「他者」だと言う。「私」(自己)とは、「他者に対し無限の責任を負う」者であり、「私」と「他者」は非対称で不公平な関係にある


意味が少しわかりました?

ここから少し、ビジネス論っぽい事を書いてみようかなぁ?と思っています。
posted by Mako at 17:57| 日記

公人達

裁判は報復措置では無いのよ。
まぁ制裁的効果もあるけどね。

権利と権利がぶつかった時や、不利益や既存の回復をはかるものなんだよね。
報復って考えると思った効果は得られないですよ。

慰謝料請求や損害の請求をしたところで、請求金額が丸々認められる事はまずありません。ちゃんとした計算方式があって、落ち度や瑕疵の有無、背景も影響するので。

高めに設定しても半分以下なんて事も普通にあります。




日本という国は、割と穏便に済ませようとするのでね。あんまり馴染みがないんですよね。
「訴えてやる!」という言葉を乱発する人は距離を置かれるし、言うばかりでやらない人も馬鹿にされるし、本当に訴える人は避けられるw
そうでしょ?

配信者や物申す系ユーチューバーは、それでそれなりの収入を得ている人々でしょ?だから一般人とは違うんだって枠を設けるべきだよね。

例えばね、このユーチューバーに依頼して動画で紹介さしてもらえば売り上げが上がる。
これ、即ち影響力でしょ?最低でもこれと同じだけの拡散力があるし、炎上に乗っかればさらに増える。
事務所に入っていようがいまいが、個人経営だろうと会社組織であろうと、やっぱり公人(広義の意味での)なのよ。ましてや、その発信する内容や表現が、その人の顔や名前にかかっているとなれば、それもまた公人になるわけ。

一般人とは違うのだから、発言の責任も重い。これは仕方ないよね。

だから、急上昇やオススメも分けて欲しいの。ユーチューバーはここ。芸能人はここ。公人はここ。そんな感じで。
その方が再生する方は遊びやすいのよね。
ってかオススメ機能っている?情報が偏ってバカ増えるよなぁ?ふらふら




さて、そろそろN国党の話題も裁判の話題も飽きてるので、YouTube離れ(聖書メッセージ、語学学習、お猿さんと動画以外)は、再生をおやすみしようかなぁと思います。

飽きたー!マジ飽きた!

ストレス溜まったのか?高カロリー食なるものが食べたくなって、夜食にマカロニチーズ作ってしまったわわーい(嬉しい顔)
疲れたりストレスがたまると食べたくなるのよ。
アメリカ人のスピーカータイプ?が、失恋するとアイスクリームをバケツで食べようとするのに似てるかも?
posted by Mako at 05:52| 日記

シバターvs立花の話題をザックリ見て

▼今日の立花


▼今日のシバター





えっと、まずは条文ですが、シバターさんの主張=『刑230条-2-3』ですね。
立花先生の方は『名誉毀損罪』では無く『名誉毀損』で、本人じゃないのでわかりませんが、おそらくですよ?『民法723』です。

理由は、『名誉毀損罪』なら「提訴する」とは言わず「被害届を出します」と言うからです。

ここに食い違いがありますね。

事実か否かの他に、公益性と公共性が争点に入るでしょう。




▼大雑把な経緯です。

  • シバターさんがN国党批判動画を上げる。
  • シバターさんが党首立花さんを名指しした批判動画を上げる。
  • シバターさんがN国党支持者から、実家等へ爆破予告やシール貼りの嫌がらせを受けたという内容の動画を上げる。
  • シバターさんが立花さんへ「N国党支持者に嫌がらせをしないよう言え」と、一部強要と受け取れる内容の電話をし、その内容の動画を上げる。
  • N国党には触れないと言いながら、N国党議員?(ここは私はチェックしてません)の『名誉を貶める』と思われる動画があげられる(私は未視聴)。





えっとね、多分ですけどね、世間一般の人は大きな勘違いをしていると思うのです。経緯を見てもわかる通り『勝ち負けを決める裁判では無い』のです。
大人な話になるのですが、負け確でも裁判に持ち込む利というのがあるのです。これも一例かもしれませんね。

だから「中傷したシバターが許せない!報復してやる!」という意図を持った裁判沙汰でもありません。おそらく、ここの部分を、当事者も周囲の人も誤解していると思います。

このまま彼の言動にブレーキをかけなければ、勝訴しようが敗訴しようが、裁判費用をかけるよりも深刻な不利益があると判断した結果だと。私にはそう見えます。
「N国党の話題には触れません」と1度は和解したが、それは破られたので『司法の場を借りて終了させておく』必要の方が、このまま何もしないよりも、党や支持者の為に良いと判断されたのではないでしょうか?




シバターさんとN国党の一連のあれこれが、仕込みや台本では無い。これを前提に考えれば、答えはこれしか無いでしょうね。
シバターさんもシバターさんで、約束を反故にした事で、言論の枠内では話し合いや和解は難しいと判断されたわけですから、相応の言葉があって良いと思うのですが…
物申すしちゃうとこがふらふら

そもそも自分が種を蒔いた事ですから、物申すで対象するのはちょっと違うかとわーい(嬉しい顔)わらわら




制裁では無く、いつまでも彼の収益のネタにされる事で受ける不利益にケジメをつけたいだけ。私にはそう見えますが?
posted by Mako at 01:27| 日記