2020年05月19日

お奉行様コレコレ



暴露系配信者・もの申す系YouTubrが存続できる理由。これですね。コレコレさんのお奉行様的配信のログがあったので、良い参考になると思い貼りました。

ユーチューバーさん達は、広告収入+登録者や再生数等を武器にした広告動画で生計を立てているアフィリ族の成長版です。
配信者さんも同じような収益を持ってはいますが、実際には視聴者から直接チップや寄付、小遣いのようなものを受け取る事で生計を立てています。
ですから名前を聞いても「え?誰それ?そんなやつ知らん」と90%以上の人が言うほど知名度の低い配信者でも生計が成り立ちます。
配信者に金品を払う視聴者を囲いさんと呼びます。

視聴者が5人程度しかいない配信でも、囲いさん、しかも太客を見つければ月数千万円の稼ぎになったりするのが配信者世界です。
そのような環境下ですから、配信者としての自分を現金に換える配信者がいて、それを現金で買う囲いさんもいるのです。
具体的な例をあげるとキリが無いし、品の無い内容も多いので書きません。

そんな社会ですから、配信者さんは自分というものに付加価値があるものとして視聴者にふるまうようになります。オフ会を開いて集まった視聴者、特に異性は、誘えばホテルにもついてくるはずという意味不明な自信や思い込みを持つ配信者さんもいます。一部ユーチューバーさんにもいますよね。残念な人ですw

そうすると、レイプや監禁、暴力・脅迫のような表に出にくい裏事情がつきまといます。交際に発展したとしても「おまえとつきあってやってる」という意味不明な立場でものを見るので、相手を軽んじたりDVを行ったりなんて珍しい話では無く、浮気や二股三股交際も当然のようになっていたりします。
現金を引き出す為に囲いさんに会う・寝るといった行為もあるので、交際に発展しても浮気は起きて当然のようなグチャグチャした世界でもあります。

囲いさんが資金を提供したので店を持った配信者もいます。

もちろんこのような配信者ばかりではありませんよ?

このグチャグチャした世界に、暴露系配信者は絶対必要な枠組みにいるんですよ。
単に悪口配信をしているばかりではなく、配信者世界で駆け込み寺的役割を担っているのです。

暴露系配信者に駆け込まれたら炎上必須、配信者として再起不能もあり得るのです。なかなかの発言力と権力を持っている存在ですよ。特にコレコレさんのように認知度と実績が高い場合はそうです。
被害者本人がコレコレに暴露内容のタレコミをしなくても「大変だ!コレコレさんに知らせないと!」と認知されている。暴露系・もの申す系の役割をしっかり掴んでいるからこその動きですよね〜。

配信系は特にですが、時間を取られるのであまり見ません。
やりたい事ややるべき事が多いので、YouTubeの再生も「サボり時間」的な罪悪感が自分の中にあるんですよ。だから、休憩やリフレッシュになるような面白いものや役立ちそうなものをメインに再生します。
有意義だったと思いたいんですよ。その時間を。
コレコレさんの配信録画は長いので、数回に分けてちょくちょく聴く感じなので、実際の配信やライブ放送にじっくりいる事はあまりありません。
今回も2回に分けて聞きました。ストレッチしながら(笑)

DV男の特徴あるあるに「それなwwww」って思いながら聞きました。視聴時間に後悔が無い内容と長さで良かったです^^
posted by Mako at 00:58| 日記

検察庁法改正案-国家行政の基礎の基礎の話でした



基礎の基礎の部分の話です。
でも、何が問題なのか?何が悪いのか?何が良いのか?その部分には触れていないです。
けれど、対象の組織とシステムを知るのは始まりの始まりなので知っておいた方が良いので、とっても大事な事です。

検察の権力が、現在の日本人から問題視されているのは間違いありません。そこに『国民主権』による制限や抑えが必要なのは確かです。
ただ…今回の問題はそれじゃないんですよ。

安倍政権に対する不信は、前回の解釈変更による強行にベースがある人も多いです。今回の間違った解釈変更による延長は恣意的で是正されないままです。
これによって、時の内閣が検察人事に『このような形で介入できる事はどうなのか?』が問題視されているのです。
民主主義国家の行政である検察へのコントロール問題では無く、時の権力によるコントロール下が問題なのです。


ホリエモンもそうですが、検察権力は聖域なのだから手を出すな的な反対意見が蔓延しているわけでは無いのです。たぶん、橋下徹氏もここを勘違いしていると思います。憶測なので勘違いと言っておきますが…まぁ、いいや(笑)憶測だしw




大切なのは意見を表示することです。相手を論破したりマウントを取ったりする事ではありません。安倍政権推しの方々は、論破はマウントを取る事に執着してからんでくる行儀の悪い人が多い印象が強いです。

▼アドラーの本からの引用です。

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない。

※意味
誰かをそこに連れて行ったり、案内することはできるけれども、その人に水を飲むという行為を強制することはできない。
つまり、人の考え方や行為までもコントロールする事はできないということ。


人の考え方を変えたり、行為・行動を強制したりする事はできません。
これをできる力の事を『権力』と呼ぶのです。そして権力は、それに従わなかったら罰を与えることができる強力な力を指します。
『権力を一か所に集中させない』事の理由はこれの強力な力にも制限をかけるためです。

強力な権力を持った国家組織と国民の関係ですらそうなのに、一般的な人と人という社会でそこを踏み越えてくる人が多いのは愚民が増えた証のような気がします。
個々の考え方や意見は尊重されるべきで敬意を払うべきです。これは法律でも認められた人権のひとつですから。
それをしつこく粘着したり、罵倒・中傷したり、同じ意見の人に晒したりするのは、思い上がりの現れだと思います。

右を見ても左を見ても同じ意見の人しかいない社会なんて、私には暗黒です。
そんな社会で親友や伴侶を探すなんて絶対に嫌ですね。だって、その人の何が良いのかわかりにくいじゃないですか。
posted by Mako at 00:32| 日記