2020年06月12日

対人関係のあれこれを考えてみる



『生活』を聞きながら…。


▼以前レシピに書いた絹揚げのピザ風


絹揚げピザ絹揚げのピザ風


これを久しぶりに食べようと思いまして…。長ネギと少しの味噌でアレンジして、和風に仕上げて食べようと思ったのよ。長ネギが家に無かった。泣けた。悲しかった。長ネギが無いなんて!そんなばかな!!!


ちょいへこんでおります。はい。




私ね、色々あったおかげで、おかしな事が起こったり続いたりすると玄関に空のペットボトルを置いたりする習性を持つようになったの。1人暮らしの時はね。


玄関を開けて足を踏み入れるとベコッと音がする。これだけでも少し安心するのよ。


この気持ちは、誰かに言ったところでわかりにくいと思うの。でも、ペットボトルを1〜2個置いただけで気分が落ち着くなら別にいいじゃない?誰かにペットボトルをぶつけるとかじゃ困っちゃうけど(笑)


誰かがそれを見たときに「だらしね〜な」と思っても、「何が入ってくるんだよ?おかしいんじゃねーの?」と思っても、特に私の行動に影響は無いのよ。いいのよ。それで少しでも安心できれば。大きなお世話なのよ。


「どうしてそんな事をするの?」この答えは、その人とのつきあいの程度によるのよ。あんまり思い出したくもないような事を簡単に誰にでも話せるわけでもないの。その中の一部ならまだしも、全容はなかなか。自分が耐えられなくなってしまったりするし。


何も知らないのに「あいつだらしねーんだけど」と言う人も「あいつおかしいんじゃねーか?」という人も、私がどうしてそんな事をするのか?について話を聞かせる相手にはならないのよ。だから、どう感じてどう私を見ようが、そこは問題無いわけ。「なぁ〜んも知らん奴がなんか言っとるわぁ。」ぐらいにしか私も思わないし。


問題は、それを見てどう感じたかを周囲に勝手な話をふりまいたり、「あいつおかしいからちょっとからかってみようぜ!」みたいな事を他の人と企んだりする輩が時々現れる事。実害が無い分には問題無いけれど、それは私にとって害を及ぼす存在なのよ。


こういう人がいて困るとかいう話をしたいのでは無くて、人は繊細で複雑な生き物だという事を考えられない人は厄介だって事を書きたいの。




「ちょっと今へらっててさぁ〜」気分が落ち込んでるときに使う言葉ですよね。彼氏と喧嘩したとか、バイト先で嫌な先輩にいじめられたとか、ただ電車やバスに乗り遅れただけでも使う言葉だったりします。


嫌な気分や落ち込みというのは、大小あっても、誰かにとっては「そんな事で悩んでるの?」と言われるような事でも誰にでもあります。


私はこれに向き合う事を悪い事だとは思いません。かえって、本当は落ち込んでいるのに、傷ついているのに、平気な顔をして放置する事の方が問題だと思います。人の心や感情は生きていくために必要だからあるのです。必要が無かったら何も感じないように生まれてくるはずです。


ただ、いつまでもメソメソしていたり、何も手につかないほど悩んだりするのは問題があります。だから私は、「泣いてもいいけど、頭が痛くなってきたららやめようぜ!」という風に期限を切って自分に泣く事を許可するなんて事をやったりします。


泣く作業も、悩む作業も、気持ちの整理をつけたり、現状を受け入れる準備として必要な事だからやります。それらを否定する『メンヘラ』という言葉は本当に嫌いです。聞くと不快な気分になるので、私は使いません。




「相談があるの」女子がよく使う言葉ですよね。これって、単に聞いてほしいだけの場合が多い理由がわかりますか?仲良しの子ですら、悩みの本質に触る事はできないからです。人は複雑で繊細なのです。それを認められない人はデリカシーの無い人です。自分がデリカシーの無い人なので、他人の繊細さがわからないのです。


問題に対する考え方も、人によって違うじゃないですか。右が良いと考える人もいれば左どころか上が良いと考える人もいます。


法律を勉強した人は、時系列でまとめて因果で考える事から入る人が多いと思います。


ある日電車の脱線事故が起きました。会社員Aさんの妻と子がそれに乗っていて亡くなりました。こういう事件があったとき、妻が先に死んだか?それとも子が先に死んだのか?又は両方同時に死んだのか?これによって残っている親族への遺産分与が変わってきたりします。時系列ってとても大事なのです。


時系列でまとめる事が大事だと知っている人、つまり、多少でも法律をかじった人は『時系列』をまとめる癖がついている可能性があります。


┗━━┻━━━┻━━┛
AがBに土地を売る。Bが支払いを済ませ引き渡しが行われる。AがBに売った土地をCにも売る。Cが代金を支払い登記を済ませる。


ラインに上に向かう線がある場所に、これらの出来事が簡単に書かれたりする。私はとりあえず図と矢印を使う場合が多いですが。


元々はAの土地だったその土地は現在誰のものなのか?また、AやBという書き方では無く、甲乙丙のような呼び方の場合、だれが乙で丙なのか?という事を押さえるのに時系列をまとめるのは有効です。


このような出来事を、私生活の中で誰かに話す場合ですよ?いちいち時系列で話してたらウザイし長いし、聞いてる方も聞いていられません。だから誰かに話す時は要点や要所をかいつまんで話すものです。


それを普段聞いている人は、その人が時系列で事例を把握しているとは考えていません。そうですよね。そんな風に話すを聞いた事が無いのですから。


「私の知っているあの人は時系列でなんてものを考えない。」それはその人が知っているあの人の一面です。けれど、いつも時系列でまとめている姿を知っている人にとっては「私の知っているあの人は、いつも問題を時系列をまとめているよ。」と言います。それもその人の一面です。


要するに、「私が知っているあの人は」が全てでは無い。そういう事ですよね?誰もがそんな事はわかっているし知っています。私もそうです。


でも、そうじゃない人って現れるんですよ。「私が知っているあの人は」が絶対正義みたいになってしまってる人が(笑)




もうひとつ最近頻繁に使われる言葉があります。それは『あやまったら負け病』です。さきほど書いたようなタイプの人物でこの症状を持っているとマジでたちが悪いです。


プライドだけの問題じゃなくて、相手を下に見ていたり、自分に絶対正義を置いたりしていると、マジで非を認めないし謝る事なんて無いですよ。本当に病気かってぐらいかたくなです。つきあいにくい上に歪んでもいるので面倒くさいです。


このような人がいるとわかっていても…。実際自分がそれを経験するまではそういう人だってわからないじゃないですか。ここ。悩ましいんですよ。すごく。


他人に対してはデリカシーの欠片も無いから、そもそも図々しい上に、開き直り方もすごいw


何かしらの事例を経験するまではそのような人物だとわからない。もう、これは冒険ですよね〜。とっととややこしい問題を片づけてかわしたいのにしつこかったりして(泣)


後々の関係を考えないなら、相手の良いようにしておくという方法もありますが、ずっと自分が正しかったって言われ続けるぞ!みたいな余波が残る場合とか…もうねぇ…ほんと悩ましいです。はい。


そんな事を考えていたら『生活』を聞きたくなりましたです。はい。



posted by Mako at 19:32| 日記

残るものと残らないものについて思い巡らす時間

転売と聞くと、マスクやトイレットペーパーを思い浮かべるのはつい最近の事だからですよね。記憶に新しいものは新鮮ですから思い描きやすいです。


しかし、転売ってそれだけではありません。この不況の時代で大きな商売をしていた転売稼業。例えばキャバクラの経営を始めた経営者がいます。をある程度その店を育てたら別の人に売る。これは転売目的で始めるビジネススタイルで、学習塾だったり、サロン的なものだったりと、多くの転売屋さんがいます。


対N国党で支持者を増やしたえらてんさん。彼も自分が育てた事業を転売し、その転売した店舗や事業のコンサルティングをしてかかわっていくスタイルで稼いでいたと記憶しています。記憶違いかも?


育てた店や事業を売る目的で起業する。そのメリットはここなんですよね。コンサルタントとして入れれば実労働無しで稼げます。そして、売った経営者達と繋がりを持つ事ができますから、次のビジネス展開もしやすくなります。



/bubble消えていくもの




この世から消えていくビジネスに『営業』がよく列挙されますよね?『営業』が無くなると、多くの就職先が奪われます。営業と言っても顧客回り、販売等種類があります。


ITを使ったビジネススタイルに変わっていく中、営業職でも『得意先回り』は先に無くなりそうですよね。物を売るビジネス、例えば太陽光発電、リフォーム、こういったビジネスの方が後から無くなりそうです。これらが無くなる前に、保険勧誘のようなものが姿を変えそうな予感がします。


オンラインスタイルの学習塾が当然になり始めたので、町の小さな学習塾も姿を消しそうです。何か特別な理由が無ければそこを使う意味が無くなるからです。


AIに仕事を奪われる!なんて言いますけど、それは計算や作業の繰り返しのようなものからです。考えて何かをする。これには限界があります。あくまでもプログラムだからです。プログラムは命令した事しかできません。


/bubbleAIの中身の一例



if ($message =~ /money/) {
print "\$message の最新情報をお届けします。\n\n";

}


これはパターンマッチと呼ばれる簡単なプログラムです。
ifですから『もしも』で仮定した条件を命令してます。
この場合、もし入力や送信されたワード($message)にmoneyを含む場合は『moneyの最新情報をお届けします。』と表示せよと命令しています。パソコンに表示する事を命令するのが『print』文です。多くの検索エンジンはこのようなパターンマッチでできています。


もしも岡本太朗と検索されたら『もしかして岡本太郎ではありませんか?』と表示されるのも、パターンマッチを軸にしてif構文にサブルーチンというパターンを指定して表示を分けています。私はPerlとJSなら書いた事があり、オープンソースを配布していた事があります。だからそこから例をあげましたが、わかりにくいでしょうかね?


$はスーパーで客が手に持つ買い物カゴのようなものです。エクセル等でデータを打ち込むと、以下のようにログが作られます。,が|で区切られている場合もありますね。


バナナ,りんご,いちご,みかん,パイナップル


これを変数に入れるとしたら@DATA=("バナナ,りんご,いちご,みかん,パイナップル");


こんな感じにします。一度読み込んだデータを架空の棚に陳列する作業です。スーパーで棚に商品を並べているような状態です。もしりんごと入力された場合は〜せよ!という命令を書くとすれば、先程の$messageという買い物カゴに$1という商品を入れます。陳列した棚の2番目のデータを取り出して!という意味なのですが、$に陳列されたデータは0(ゼロ)から数えるので、りんごなら$1になります。もし$1が買い物カゴに入ったら〜せよ!と命令分がある。それがif構文です。


もし$1(この場合ではりんご)が買い物かごに入ったら(入力・検索されたら)これを表示せよ!と命令文を書いています。「ご一緒に果物ナイフもいかがですか?」というような関連表示もこれの一部です。


こうやってパターンマッチを書いて行くのではキリがありません。『アンジャッシュ 渡部 不倫』と検索される事が突発的に多くなったり全く検索されなかったりするわけですよね?


パターンマッチは、もしそのデータがあればこれを表示せよと命令しているわけです。ですから、表示するデータが無い場合もあります。その場合はelse構文を使って「もし入力・検索されたワードにヒットするデータが無ければ〜せよ!という命令文を追加しておくのがパターンになっています。


いいか!果物以外の単語入れんじゃね〜よ!!!
果物だ!わかるか?果物!フルーツよ!
あ?スイーツじゃね〜よ!果物だ!!!!

と表示させる事も(笑)『該当するデータはありませんでした。別のワードで検索してみてください。』と表示する事も可能ですね。文字列を変えるだけです。


AIの学習機能は、基本的にこのパターンマッチと演算でできています。こんにちはと入力されたらマッチするものを探す。その探すファイルの中に、今日の天気や気温に関するファイルがあれば『25度以上なら「暑いですね〜」を付け加えてあいさつを返す」というような指示ができるわけです。もし予報に雨が降る予定なら「今日は雨が降りそうですよ。」なんて言葉を付け加える。あたかも会話をしているようですが、命令に従っているだけの話です。


AIの学習機能は、読み込むデータファイルに読み書き権限をAIに与えたファイルを用意する事になります。いわゆるAI専用の辞書機能です。AIに読み書き権限を与える事ができる。ファイルの作成削除の権限を与える。これも、基本はパターンマッチによる命令構文が軸になっていると言って良いでしょう。


ここまでプログラムの一例をあげて書いてきましたが、要するにAIは自己で考える事はできないと言って良いという事を私は言いたいのです。もし〜ならば、そうでなければ。このもし〜ならばの例を増やせば増やすほど生きた人間と同じであるかのように近づける事は可能です。けれど、書かれた命令が詳細に枝分かれしているだけの話です。


「彼女とのデートに映画に行きたいな」と思ったとき「星5の映画を教えて」や「何々(映画タイトル)の評価を教えて」と言えば、それに見合ったサイトを教えてくれます。では「評価の低い映画を教えて」「何々(映画タイトル)の酷評を教えて」と逆の事を聞いてみたり、そこに詳細を追加して聞き直してみてください。条件に合わない同じサイトばかり表示するか「すみません。何を言っているのかわかりません」というようなelse(そうでなければ)構文で命令された答えを返してくるはずです。


AI自身が何かを察したりして臨機応変に対応できるようになる。これが『人間のかわりになる』レベルになるのは、まだまだずっと先です。それでも不完全です。人間が完全体だとすれば、それに近づける事はできます。しかし、同じレベルのものは作れません!ここ大事です!ログの読み書きができるもの、つまり生命体もどきのAIには脳も心もありません。全てが擬態なので完全体にはなれないのです。


/bubble消えていくもの-その2



えぇ???と思われるかもしれませんが、AIに完全に仕事を奪われるより先に消えて無くなると言われているものがあります。それが、スペシャリストや専門性を持ったビジネスです。


今、就活時期には卒業を控えた大学生が溢れかえりますよね。企業の案内や就職試験・面接等。そこには横並びに大学生がいる。だから、大卒という看板に重みが無くなってきています。「だったら専門性はもっと需要高まるんじゃないの?」と思いますよね?ところが…


デザイナーにしろ建築士にしろ、大企業の一部として働く以外に道は無い系の仕事はもうダメだと言われています。自分がそれに携わる以前に、先にその仕事に就いている人ですら仕事にありつけない状況になっているからです。


経験や知識を積んだ熟練者ですらなかなか仕事にありつけないのに、無名の新人には簡単に仕事は降りてきません。その上、コンピューターの専門技術が加わり必要な人材が減るので、よっぽど運が良いかコネでも無い限り食べていけません。


大企業の一部として。この前提で成り立つ仕事は大幅に必要人数が減ります。では、逆に『個人でできる』なら良いのでは?となりますよね?


その『個人でできる』事に、何かしらのスペシャリスト、専門家を名乗って講師をするようなビジネス。これはもうピークを過ぎていると言われています。理由は、だれでも勝手に講師になれるので価値が薄くなっているのです。希少価値が無く誰でもできる。これが長続きしない事は説明するまでもありませんよね。


講師やコーチングのようなものは消えていきます。残ったとしても、就活サロンや起業サロンのような、そもそもそんなところに行かないとダメな人を相手にした流行病のようなものだけ。そう言われています。


/bubble残るもの?



じゃあ何なら残るのよ?とか考えちゃ〜ダメなんです。そこがそもそも論でダメ出しされるところなんですよ!


残るものを考えるより、新しいものを考える力が大切なんです。何に需要があるのか?先を見越す力を備えるために、投資と連動して行動に移す事が当然の時代になります。投資は博打とか言っていた時代は終わります。


それでも残る物について考えたいなら、人々が残したいものに目を向けるのが妥当でしょう。


新聞店と新聞配達。これもどんどん減っていますよね。今では新聞の勧誘目的ではビル・建物・マンション等に入れないなんて事も多くあります。


ヨーロッパでもこれが顕著で、キリスト教徒が信徒以外の人にかかわりを持つ空間に、デパートやスーパー等の駐車場を使ったりしているぐらいです。あちらは新聞を買いに行くものであって届くものでは無いので例をあげるのが難しかったwそれで急に宗教チックな勧誘チックな例をあげてしまったw


新聞と新聞配達。これが縮小してくとどうなりますか?地域の広告が必要なくなるじゃないですか。そうですよね?あのたくさん入っている折込広告が減ります。


そこでチラシサイトやチラシアプリが登場しました。これが新しいものです。


では残したいものを考えてみましょう。出張や旅行時に新幹線や飛行機で何をしたいか?携帯やスマホは使えるか?ネット環境はあるか?この中に新聞・雑誌が必需品に列挙されている間は紙媒体の新聞は残るでしょう。キヨスク販売のようなものですね。


キヨスク販売のような新聞。それは利用者が残したいと考えるから残るわけです。そもそも新聞スタンドのようなものですからね。あの店舗は。


普通ごみで出せない新聞の束。不必要なのに届けられる折込チラシ。契約時にもらえた洗剤は、今は乾燥機つきやらドライ可やらで、個別すぎて必要が無い。チケット類はネットを使った方が安くて得だったりする。ポイントも付いてくる。


という事は?当然金券ショップやチケット類の転売業者も減っていきますよね。


/bubbleおまけー金券類と法律



今ある電子マネー類に適用される法律は、テレフォンカードが主流だった頃、それに合わせて作った法律が軸になっています。資金決済法です。「前払い式資金」という定義で法整備されています。テレフォンカードを思い浮かべて下さい。500円、1000円、5000円と前払いで購入しますよね?バスや電車のプリペイドもそうです。セブンイレブンのナナコ、ローソンのプリペイドポンタ、またエディもそれに入ります。


インターネットと電子マネーによる決済方法が増えていく中で、事業者達が悩んだ問題がありました。それが、ビール券、お米券、図書券、旅行券等の金券類です。VISA等の商品券もそうですね。いつまでも資金決済法に頼らなければならない現状と、増える決済方法。「昔からあるこれはどうすりゃいいのさ?」と金券類の存在に悩んだ商店主達は、さんざん商工会のメンバー間でもテーマに上がっていました。で、結局…「法律がどうなるかわかんねーし、辞めちまおうぜ!」って事になったんですよ。1人(1店舗)が扱いを止め、また次の店舗が…とあっという間に使えない店が増えました。「あれ?ここでも使えない。この店でも使えない。どうすりゃいいの?」と困った消費者なんて話ももう過去の話になりつつある。これが現状です。


これらの商品券塁を持っていて困っている方は、金融庁で払い戻しをしてもらえる場合があるので問い合わせてみてくださいね。数千円なら良いけど数万円だともったいないじゃないですか!せこいっすか?(笑)


その金融庁ですが、これで支払いをするとポイントがたまります系のポイント類を1ポイント1円計算のような『金銭と同等』という法定義でまとめたい動きを見せています。これが何を意味するのか?


auやdocomoで、利用料金に使えるポイント。楽天で買い物をすればもらえる楽天ポイント。こういう系のサービスが、ますますまとまっていく事を意味します。「あの店でためたポイントを旅費に!」「いつものあのスーパーでためたポイントでエステに!」なんて事がどんどん可能になっていきます。これは電子決済を広げたい意図も当然あるのですが、ビックデータの為でもあります。そして、忘れてはいけない理由には…貨幣という国籍の問題もあります。


国の主権と貨幣、通貨は切っても切れないものなので少々心配ですが…


ここで想像力を働かせると、ポイントでつながれる店舗やチェーンの強さ。これで生き残りの問題も多少は未来が見えるじゃないですか!ガソリンを入れるにも、あのポイントがたまる方が…と客足はそちらへ向かいます。そして金融庁は、ポイントも前払い決済のようにお金として扱いたい意図をもって動いているのです。えっと、わかりやすく言えば、その企業が倒産した場合の返還保障。この場合のポイントの扱いが決まるんですよ。おまけ的で返還の義務は無いとするのか?それとも現金と同じように返還保障すべきなのか?現金と同じ扱いとなれば、返還保障の枠内でポイント分も客に返ってくる事になります。


そうなると、今まで「アマギフプレゼント!」なんてやっていたところが「〜のポイントプレゼント!」に変わり、それは「現金プレゼント!」と同じ事になる未来が来る可能性を示しています。


これを知っているだけでも、何が残って何に需要が出るのか?を想像する事ができます。ですから、それに合わせて起業創造したり、今あるビジネスの何をやれば良いのか(残っていくのか?)を考えるヒントになりませんか?

posted by Mako at 12:29| 日記