2020年06月30日

政見放送に法整備が必要では?

立花孝志さんは嫌いじゃないですよ。NHKの不祥事は事実ですし、TV界の人やあの大手広告代理店と繋がりのある著名人には批判ができませんからね。批判できる人は必要です。
ですから、NHKをぶっ壊すと言おうが、不祥事を指摘しようがかまわないのですが…。

以前の参議院選挙のとき、N国党から立候補した人もそうでしたが…。

政見放送は立候補者が政見を語る場なんですよ。あれを見る人は候補者を真摯に選びたいから見るのです。
自分のチャンネルでならあれでも良いですが、政見を語らないのは一個人の思想を語る場にする私物化ですよ。

立花さんの政見放送に政見ありました?下品なだけで政治や立候補となんら関係がありません。あれはただの下ネタ親父です。

目的を持ってやっているのだから、頑張ってやってほしいと思いますよ。でもそれとこれは別です。
あまりの酷さに、正直がっかりしてしまいました。注目集めればOKな配信者と同じですね。

今日、久しぶりにエビピラフを炊いたんですよ。

▼このレシピと同じもの
エビピラフのレシピ

私、エビピラフにはピーマン入れたい派なんですけど、ピーマンが無くて…
なぁ〜んかエビピラフを食べた気がしないのよ。
これならキノコピラフにすれば良かったなぁ。きのこを数種類買って、自家製の冷凍きのこミックスを作ってあるのよ。あれを使ってきのこピラフにすれば良かった。
エビはエビチリで食べれば良かったよ。
ピーマン、わき役っぽいのに存在感なかなかっすね。
posted by Mako at 20:44| 日記

性について1-聖書的考え方

性(SEX)の問題については、私は聖書的考え方を肯定しているので、一般的とは言えないかもしれない。
けれど、私はこれが理に適っていると考えているのよ。

先にその部分について書きましょう。

私の聖書的性の見方

聖書は、男と女が愛し合いひとつになる事を前提に、人を男と女とに造られたと書いている。

彼等の愛が熟成すると子を授かる。聖書ではこの行為を『相手を知る』という言い方で表現されます。

愛が熟するには、相手をよく知る事が必要です。相手をよく知り、愛し合う。そしてひとつになる為に必要な行為だと言う事です。




妊娠

性行為は、愛を成長させたり成熟させるために必要なものです。その結果子(新しい命)が生まれる。人はそう造られています。

一方で、誰と誰がそれをしても子ができる行為でもあります。人の意志の介入はありません。現代でも100%避妊する事はできないのです。レイプや虐待の結果行われた行為であっても妊娠は起こります。

人を造った神にとってのこの行為は、愛し合う家庭を築く男女のためのものとして人に与えたからです。ですから、犯罪等で行われるこの行為によっても妊娠するのは、人への戒めでもあります。

妊娠する事によって困る関係、破局する関係、生まれるはずの命を殺す関係の男女間で行わせない神の意図がある。聖書観で見ればそういうものなのです。

聖書の世界観で見るならば、婚姻は聖であり、婚姻関係にある夫婦が行うSEXも聖なのです。



受け継ぎ

夫婦という男女間の愛が熟し、新しい命が生まれる事。これは受け継ぐ者が生まれる事でもあります。

双方の遺伝子を持った子が生まれるのはその為です。両親が愛し合うと、双方から受け継いだ遺伝子を持った子が生まれ、両親の愛を受けて育つ。その子がまた、新しい愛を育み新しい子に愛を注ぐ。遺伝子情報は愛の受け継ぎ証でもあります。

子は父と母が受け継いだ王国(家庭)の世継ぎなのです。ですから望まれない子をつくる事は、無国籍の異邦人をつくるようなものです。



病気

人が性行為を軽んじるようになってからの方が人類史は長いのかもしれませんが、やがてひとつとなってひとつの家庭に納まる行為は続けています。

しかし、無秩序な性行為がもたらした結果感染する病気には危機感がありません。

聖書は行為後の衛生面も書いてはいますが…ラビや教師でないとうまく解説できないと思います。クリスチャンは「何故神はそれを禁じた・許したのか?」について、多くを語る事ができるでしょう。けれども、穢れや祭祀的あれこれは難解で難しいのです。これもそのひとつですから、私はうまく説明ができません。

とにかく性病は、自分の家族に感染します。夫や妻はもちろんですが、同じ居住空間やトイレやお風呂を使う子供にもです。下手をすると、子が産道を通る時に感染してしまいます。

まだ男女間の愛を知らず、なんの行為もしていないのにです。親の性への無秩序が子にも引き継がれるのです。

だから思春期で誘惑の多い世代。周囲が性に興味を持つ世代の子には「まだ見ぬ自分の家族への愛は、もう既に始まっている」という事を、クリスチャンであれば自覚するべきなのだと思います。今それをしない事は、結果として未来の家族を守る事になると。



家庭は王国である

家庭というものは、父を国王に、母を女王にした王国のようなものです。子は王子や王女です。

ファミリーネーム、日本文化で言えば表札ですかね?は、国旗のようなものです。

王が良ければ国は良くなります。女王が慈しみ深くあれば、後継は豊かに育ちます。世継ぎである子は益々国を発展させ、領土を広げます、

それぞれが義務や責任を放棄すれば、国は廃れやがて滅びます。

ひとり立ちしようと出て行った元国民にとっては、帰れば迎えてくれる安らぎのふるさとでもあります。

王国の中では王国の外のように、結果を求められたり、油断すると中傷されるような緊張感も必要ありません。家族全員の国ですから、寝癖をつけた寝ぼけた顔を見られても平気です。

王国で守らなければならない法律は、家族愛を基準としたルールです。王国を続ける・発展させる為に必要な事です。個々の役割もこれによります。それを超えれば、それは暴力であり虐待であり親不孝です。




結局のところ、SEXは、個々の帰る場所である王国(家庭)と直結する問題だと言うことになります。

クリスチャン同士が兄弟や姉妹と呼び合い、やがて天の御国(みくに)で共に過ごす神の家族として互いを扱う。
性と王国(家庭)の秩序を参考にすればわかりやすい行為だと思います。
男女間の愛で命や家庭が生まれ、それを愛の実現として維持していく。
これは御国のミニチュア版なのです。
家族という枠組みを出た家族との交流。肉体の親子・兄弟関係ではなく、霊や魂の親子・兄弟・姉妹関係で築く家庭。これが教会です。
国王は霊の父、神です。御霊(みたま)は母的存在かもしれません。これを悲しませると父と子が起こりますから。子はイエスと呼ばれるキリストです。

これらはひとつです。ひとつの神の側面のようなもの?
人には父としての顔も子としての顔も、夫としての顔もあり、また友としての顔もある。そういうものに似ています。バラバラではありません。

とりあえず性について聖書的世界観の一部を書いてみました。
posted by Mako at 09:44| 日記