2020年10月05日

自害・自殺について(最近の話題から)

不況で自殺者が増えて、コロナで自殺者が増えて、その状況の中で、議員さんの発言の切り取りで「女性卑下」とか「女性の人権を軽んじている」といった報道がぶぁ〜っと広まったじゃないですか。

それを、切り取られた発言のままで同意した公党の党首がいました。

「性犯罪被害者の女性は騒ぎすぎ」という内容の発言をYouTubeに上げたのかなぁ?

年間の自殺者って、それが話題になったときはその数が取り上げられます。でも、「こんなにも自殺者がいる」と知る事が、自殺を考えている人の背中を押してしまうという事があるので、普段はすすんで公表しないようにしています。行政側は。

でね、性犯罪被害者がその被害を苦に自殺した場合。事故でも他殺でも病死でも無いので、年間で死んだ人の数の通常の数字には乗りません。原因を作った性犯罪者も殺人罪にはなりません。ただ静かに自殺者数の数字に入れられるだけです。借金を苦に自殺した人、いじめを苦に自殺した人、病気を苦に自殺した人。
この中に、性犯罪が起きなかったら自殺しなかった女性の数が含まれています。

モラルとか、精神論なんかで言えば、これは他殺と同じだと思います。
こういう人は、大騒ぎできないタイプの人が多そうですが、それは私の想像でしかありません。しかし、その原因者は、その女性が死んだ事も知らずに生きている。

女性が騒いで冤罪を作る。こういうケースも重要なのですが、表に出てこない事を見つめるのも重要だと思います。人は、知らない事については考えないし議論もしないので書き残しておきます。
見た人が『自殺者にはそのような人も含まれる』事を知ってくれれば良いなぁと。そう思ったので…。




「死ねよ」



昨日へこみながらあれこれ書いていたのですけど…。その中に、ひとりの人のために。そう書いている部分がるんですよ。その彼女と、そして、長距離のね、離れた、私が気が進んだ状態で行かない人間関係のところへ連れていく人。その三人でレストランに行ったときに「死ねよ」って言われたんですね。

注文した食事を待っているとき、食事中、食後は言われなかった(笑)

「もう死んだら?」このことばから始まりました。
食事中は、自殺した知り合いの話を聞かされ「おまえは?」とか「いつ死ぬの?」や「もう死んだら?」と言われ続けました。
もちろん、食事を楽しんだり、おなか一杯食べたりなんて事はできないわけなんだけれども、彼女がその場にいたので何事も無い顔をしていたかったの。

それを言った人は、ずっと後で「レストランに連れていてやった」とか「うまかったろ?」とか「おまえなんかに金使っちゃった」とか言ってましたわぁ。彼のおごりで食事をしたのでね。

彼の友人や知り合いがいる状態だったら、皿の上の料理を私に投げてくるなんて事もあるので、それよりはマシってじっと耐えた時間だったんだけれども(あの時はマジで泣きそうだったし)…。

その日から「もう死んでしまおうか」という想いがこみあげては消えしている状態が続くんですよ。
私は彼女の事を考えたら、彼等を嫌いになるべきではないと考えていたので、怒りとか色々、そういう感情を抑え込んでいたのね。それももう苦しくてね。
ただ、私はクリスチャンだからという気持ちで何度も踏みとどまるんだけれども…。結局負けるんだよね。

そのまま生きてるから今ここに文章を書いているわけなんだけれども…。

あぁ、人にそう言われたから行動に移すという経緯ではないですよ。選択肢のひとつが色濃くなっただけです。

その後、キリストとの関係が回復するまでに時間がかかった。だから、「私はまだこの世で生きなければならないの?」という問いかけをするときがあります。




選択肢



いじめの問題にしてもそうだし、病気を苦にという場合もそうだし、人は自分で未来を選択できないと死ぬ。私はここを言い切っておきたいと思います。

いつまでも解決しないいじめの苦しみも、治る事の無い病気の痛みや苦しみも、死ぬ事が決定している余命も、自分の力では変えられないんですよ。最後に自分で選択できる事が、死期を自分で決める事なんです。

自分の過去を振り返って自分を励ます事ってあるじゃないですか。

さっき書いた「あのときよりはマシ」みたいな事。
「死ね」を繰り返し言いながら楽しそうに食事をしたその男性は、私によく暴力もふるいましたが、そのときはいつも同じ事を考えていました。

「父親のときよりは痛くない」
「父親のときほど傷は残らない」

まぁ、年齢が10歳になる前には放置子状態が続いていたので、ほとんど家にはいないので回数はかなぁ〜り減りましたが。

過去の経験と照らし合わせて「だから我慢できる」とか「だから大丈夫」みたいな事を考えられるうちは頑張れるんですよ。
でも、未来永劫、この人が近くにいる限りこれが続くって考えが切り替わった場合。こういうとき、関係を切れるっていう選択肢が無ければ絶望しかないじゃないですか。

楽しい未来とかまったく考えられない。そういう思考に陥ってしまったとき。私はこれが原因でその事を考えた事はありませんから想像ですけどね。
その苦しみや痛みからラクになる方法として残るのが「死」なんですよ。




私は自殺願望のある人の気持ちがわからないわけではないと自分の事を見ています。けれど100%は理解できません。状況も考え方も、経験も違うので。

でもね、「それについては100%わからない」という事もあるんですよ。

・同情を買うために自殺願望をほのめかす人。
・病気で他人に「死にたい」を言い続ける人。

この2者がどうしても理解できないんです。前者は怒り的なものが含まれるかもしれません。そういう人がいるから、死にたい人にとっても、誰かを死に追いやった人にとっても、自殺を軽んじさせる。そう思うんです。

次に後者なのですが…。
「死にたい」と誰かに言えばラクになるのかなぁ?もう全然わからないんです。「じゃあ死んだら?」って言われかねないほどに「死にたい」を言い続けるじゃないですか。聞かされる方はたまったものじゃないでしょ?
聞かされる方にだっていろんな大変な事や嫌な事がありますから。ちょうどそれが重なっているときにこれを聞かされたらイライラして、つい自殺を助長するような事を言ってしまう可能性だってある。
それを理由に自殺されたら、ずっと自分を責め続ける事にもなるでしょ?

「死にたい」を聞かされるのが親だったら、たまったものじゃないと思うの。
恋人でもそうだし、友達でもそうだと思うの。
でも、相手の気持ちを考えられない状態になるのが病気の特徴なのだろうから、それにストレスを持っても、その言葉に傷ついても「病気なのだから仕方がない」と自分に言い聞かせるしか方法が無い。
この状況がずっと続いたら、聞かされる方も病んでしまうと思うの。

うん?私は死にたいという気持ちよりもそれを言い続ける行動が理解できないのかもしれない。

人の気を引いたり、同情をひくために自殺をほのめかす人の場合は…。
イラッときたからと言って、きつい事を言ったりきつい態度をしたりはしないように距離を置く事になると思います。それにつきあっていたら偽善者になっちゃうので。
本心ではそう思っていなくても優しい言葉をかけようとしたり、なぐさめようとしたり、表面上は優しくする的な?そんな自分を生み出しかねないので、距離を置いて、その人も自分も落ち着くまで時間をあけます。
逆の態度や言葉が表に出てくる危険もあるし。

自害。これで世を去っていく人は、気を引く相手もいないんですよ。気を引く相手がいるあなたとは違うんです。

こんな感じの言葉とかね、出てきちゃいそうじゃないですか。

だからね、Twitterなんかに自殺をほのめかして「自殺しようとした証拠」と言わんばかりにリストカットした画像とか、自殺に使うお薬の類なんかをアップロードしている人は苦手です。
posted by Mako at 05:57| 日記