2020年10月17日

占い鑑定料は美容整形のようなもの

陰陽師さんだか霊能者さんだか(笑)
ど〜して金払うかなぁ?ど〜して意見やらなにやらを聞きに行くのかなぁ〜?と。そこが私にはわからないところなんですけれども…




花びらをむしりながら「好き」「嫌い」とお花をハゲ頭にしたって相手の気持ちなんてわからないでしょ?

先日、私は冬の帽子を編んで人に贈ったのよ。その帽子を「気に入らなかったかもしれない」と考えたとするじゃない?
それなら本人に「気に入らなかった?」と聞くしか手段が無いでしょ?
そこに「気を使って」とか「お世辞で」とか気をまわして「本当は気に入らないのに気に入ったと言うかもしれない」とか考えたりはしないのよ。
気に入っていても気に入らなくても、その人が返してくる言葉が正しい答えだからです。

気を使って「気に入った」と言っているだけだとしても、受け取った本人が「気に入らなかった」と言う必要が無かっただけの話でしょ?「気に入らない」事を相手に伝えるべきだと考えればそう言うだろうし、「気に入らないけどせっかく編んでくれたのに悪いから」と気遣うなら、その気遣いを受け取れば良いじゃないですか。

それをね、相手の事も私の事もよく知らない占い師に「気に入ってると思いますか?」と質問したって意味が無いでしょ?
「喜んでくれていますよ」と言われても「ちょっと気に入ってはいないようだけれど」と言われても、結局「本当にそうなの?」って疑問は残るわけですよ。だって本人じゃないから。

「この恋愛はうまくいくでしょうか?」と占い師に聞いたところで、それは多くの場合は自分次第と相手次第という問題があるわけですよ。
「お相手の方もあなたに好意を持っていますよ」と言われれば安心なのかもしれないけれど、それなら相手と仲の良い友人や知人の意見の方が信頼できるでしょ?
どうしてどちらの事もしらない第三者に聞くのかと(笑)

と、占いには偏見しかない私が続きを書きますです。




占いの鑑定料の問題。
「ちっとも当たらなかったから払わない」は許されるのか?っていう話ね。

これね、まず通らないですよ。

それは鑑定料であって、当たったらいくらという契約では無いからです。
美容整形でかえってブスになったから金返せと言っても無理なのと同じです。

美容整形は「あなたの欲しい顔を提供します」風に商売しているけれど、二重まぶたの手術なら、二重にしましたって技術料の対価なんですよ。だから、それが不自然で変であっても、技術の提供に対する対価なので返金訴訟はほぼほぼできないんです。

この手術が原因で、何かしらの障害を負ったというような内容で、あきらかに相手の落ち度を立証できるような場合とかじゃなければ無理です。
技術を提供する側と技術を買う側の契約であって、美しい顔やあなたが気に入る顔を提供する契約では無いからです。

占いもそうです。鑑定します。鑑定してもらうので払います。これで成り立っているんですよ。だから、どんなに当たらない占い師に当たってしまったとしても『鑑定料』は支払わなければならないものなんです。

「あんなインチキ占い師にビタ一文払うものか!!!」は通用しないんです。

それは、飲食店で「まずかったから金払わない」とごねている客と同じになってしまうんですよ。料理がまずくても注文して提供されたら払わなければなりません。そうでないと食い逃げ犯です。
店に「おいしくなければ全額返金」って書いてあれば別ですけどねw




占い師にお金を払う価値なんてマジで無いと考える私には「そもそも行くな!」と思ってしまうので、当たっただの当たらなかっただのという気持ちが理解できないのですが、支払いに関してはこれが社会ルールです。

技術やサービスを提供されたら、提供に対する対価を払わなければなりません。

鑑定料はその質までを含めた料金なのかを事前に聞いてみると良いと思います。
質=的中率のようなもの?(笑)
「それなら当方では鑑定できかねます」ぐらいの拒否出してくるのが自然な対応だと思います。

当たらないから払わないでは済まない品目が占いです。人気占い師や、本当によく当たると評判の占い師。う〜ん…政治家が使ったりするようなやつ?あと、企業の新商品会議に呼ばれるような顧問的占い師とか?そういう人だと鑑定料がバカ高いので「金返せ!」となる確率も高いかもしれません。
それでも私は行かないですけどね。

でも一般人が気軽に行けるようなところなんてそれなりでしょう。それなりにわざわざお金払うなら、違う事に使います。5千円あったら1000円の本なら4〜5冊買えちゃうじゃないですか。
映画も数人で見れるし、ランチに行ってもお釣り来るし。
タクシー代に使うのも、占いに使うより自分に優しい使い道だと思うなぁ。
posted by Mako at 20:17| 日記

ぶつぶつとつぶやきながら日記

どう考えても手違い送信のDMが…
誰と間違えたのか?タップし間違えたのか?よくわからないけど、既読にしないままにしておいてあげる事にした。
通知で前半少ししてこっちも見てないし。
イベントなのかビジネスなのかよくわからんけど込み入った内容っぽかったのよ。




100円ショップの毛糸って使えるの?ってな感じの内容を書いたのよ。

昔の話だからね。
お父さんはビジネスシーンでセーターやベストを着る。だから真新しい毛糸で編んだものを着る。
着古したものは子供達のセーターやカーディガンに編みなおされ、最終的には靴下や毛糸のパンツ、あるいはお父さんの腹巻として戻ったりする。

質の良い毛糸はリメイクして使うようになっていた昭和時代。そんな事を書いた。

でね…。そこで考えるわけ。

ブランドってさ、基本これなのよね。もともとは。
良い物を長く使う。だからブランドを買う。

ずっと止まらない時計。
壊れない旅行鞄。
やぶけないスーツ。
…etc。

でも、すっかり内容が変わってしまって、2年落ちなんて持てない&着られないなんて成金意識がね(笑)
そういう消費者がブランドの存在価値を変えてしまったと思う事があるの。

つまりあれよね。いわゆる消費する為の奴隷ってやつ。

『生きるために毎日同じ事を繰り返して労働し続ける人生』に人生の意味が見いだせないなんてよく言うでしょ?
消費する奴隷ループから抜け出せるだけで、多少のゆとりが出そうなのにね。人って消費をやめられない生き物なのかもしれないよね。




思春期のクリスチャン達が陥りやすいのも、この消費奴隷状態かもしれない。

流行に沿った服、皆が持っているゲームやスマホ…etc

サタンが人間に用意した価値観や世界観はすべてが奴隷状態だと思うのよ。
それを手にしたからと言っても、満足できるのは一時的な欲求だけで何の役にも立たないものばかり。

「便利だから」という落とし穴もさ。ラクをした分人の能力や才能って衰えるからねぇ。便利だから良いという物でも無いのに、それに夢中になってしまう。
便利は悪いものではない。例えば洗濯機や冷蔵庫が無かったら?この二つが無いだけで絶対に専業主婦が必要な家庭ばかりになっちゃう。
でしょ?

けれど、便利と言う名の浪費も人を奴隷状態にしちゃうのよね。




「新しい物が欲しい」この気持ちはわかるのよ。私も思春期の頃はそう考えてた。
でも2年や3年で古い物になってしまう新しい物ってそんなに必要?

いや、2年や3年で新しい物を買わなければならない物はたくさんあるよ。パンツなんてできれば翌年には新しいのが欲しいじゃない?
女子は特に。

コンビニやスーパーのレジ袋なんかよりも、新しい物をすぐに欲しがる事をやめる事。これが一番環境保護に役立つように思うの。

使い古した家電だって、途上国に持っていけば贅沢品。
捨てるのではなくてまわして使い切る。これに勝る物無しと。




最近の家電なんて買い替え寿命がめっちゃ短いでしょ?
だから、信頼できそうなメーカーの商品を買う必要が無い。安値の、どこが作っているかわからないようなものを買わないともったいない気にさせるぐらいジュ描画短い。

パナソニックのオーブン。すごく良い商品なのに、レンジ寿命が短すぎて買う勇気が無い。だって、上位クラスのを10万円前後の金額を出して3購入しても、3年以内に壊れたら泣くってばたらーっ(汗)

捨てるのにもお金かかるしね〜。




断捨離とかさ(笑)
持たない生活とかさ(笑)

あ〜いうのはあんまり好きじゃないの。だって無駄金かかるし。結局また買う事になるんだからやめとけって思う(笑)

それよりも、しまう場所からあぶれる物は捨てようぜ。こっちの方が私には大事かもしれんですわ。

「ダイヤモンドは永遠の輝き♪」って言うと、ムキになって「それ嘘ですからぁ!!!!」って言う人いるじゃない?
そういう人を眺めるのは結構好きかもしれないです。

永遠に存在できるものは無いし、永遠に形を保てる物も無い。
その永遠を求めているのがクリスチャンなので、やっぱり一般的な価値観は合わないんだろうなぁって思う。

でもさ、あの水は、すごいよね。何を買っても、誰といても得られない満足というか、充実というか…。
宝物だよね。
posted by Mako at 12:00| 一人じゃないよ