2020年10月29日

つながるもの〜乱暴だけど今回で強制終了〜

  いわゆるキリスト教の黒歴史といわれているものを整理するのにも役立つかなぁ?なんて考えながら書き始めた『つながるもの』は、聖書は必ず『つながるもの』であるという事をセットで理解する必要があるように思います。


  聖書は、過去も現在も未来も、記述だけでなく人々の時代ともつながっているものです。世界のベストセラーと呼ばれるにはそういった理由があります。


  一度整理するならば、『キリスト教』と呼ばれる宗教組織には、反キリスト教の立場にある人物が『キリスト教を模してできた宗教組織』があるという事を覚えていただきたいのです。そして、それが蔓延していた時代、人々は独自で聖書を読む事ができない環境下にあったという事実も合わせて覚えてください。


  『キリスト教を模したキリスト教組織』が権威を持ってやる事や、使徒達に強いた事、教えや行為諸々が、聖書を逸脱しているという指摘を内側からも外側からも受けて、その事実が明らかになっていきます。そして起こるのが宗教改革です。その当時もまだ、聖書を個人や家庭で持つ事ができるまでに時間がかかりましたし、その間違いの中で育てられたキリスト教徒が多くいた事も実際の事として覚えていただきたいと思います。


  各家庭に1冊の聖書から、今は個人に1冊持てる時代に移り変わりましたが、そこに至るまでも宗教改革から長い年月がかかりました。


さて、グノーシスの父と呼ばれるシモン、音階の父ピタゴラス、司法の母テミスに視線を戻したいと思います。かなり個人的意見が入ると思いますが、いいよね?だって私がお金払ってるスペースに書くんだしぃ〜(笑


  とはいえ、書きたくない内容が多いので、強制終了の最終回です。エヘヘ





古代宗教と密議



  シモンは、父なる神を生んだ母と一緒に世界の創世にかかわった人物と自称していました。ですから、彼の影響をうけた『キリスト教を模したもの』には、神の母の概念や像がつきまといます。これは彼独自の宗教観や教義ではありません。わりとあちらこちらの宗教から取り入れを行っていますが、私が思うには、その軸はシュメール神話です。神の母。これの祖はシュメール神話がしっくりときます。神の母、彼は『イナンナ』や『イシュタル』と呼ばれているあれです。


  ピタゴラスは、その宗教観によって音階を数学の力を使って作成しました。その基軸はオルペウス密議です。オルペウスの絵画は、グーグルの画像検索で見る事ができます


司法の母テミス。彼女はローマ神話やギリシャ神話に出てくる女神ですが、その元を辿ればエジプトのマアトに由来するといわれます。エジプト神話では、死者は必ず神の裁きを受けるという神話に由来する役割を担っています。太陽の神ラーの娘で、死者の心臓を秤にかける役割をするマアト。裁判官てき役割は、そもそも父ラーが行っていましたが、やがて息子のオシリスが行うようになります。ようするに閻魔大王です。


  死者の心臓を天秤に乗せ、反対側にはマアトが頭につけているダチョウの羽だったかしら?それを乗せます。ここで秤が釣り合えば永遠の命を受ける。秤が傾けばアミメットに食われる。アミメットに食われれば消滅してしまうので、ラーの好意を得て永遠に生きるようにと考え出されたのが、あのエジプトの埋葬方法や数々の呪文や呪符なのです。


  色々な学問や科学等と現在知られている物の大半は、古代宗教の密議と深いかかわりがあります。現代人が考える科学や物理学といったイメージとは全く違うのです。それは宗教論争なのです。現代を生きる現代人の目線で見てはいけないのです。「科学だ。」「技術だ。」と現在の目線で見ては真実は見えてきません。単体の学問や哲学等とは全く別物であるという認識をしないと、それがなぜ否定されたのか?という真実は見えてこないのです。


  ここに取り上げた以外にも、多くのものがそうなのですが、これは宗教に由来する神秘主義とその密議が根幹にあります。つまりオカルトの類になるのです。


  ですから、極端な話にすれば、いわゆる『魔術』と関連があるのです。それと、不安定になっていた『権力と密接だったキリスト教組織』『無知から知る者へ変わった信徒たち』『不安定な政治情勢や時代の移り変わり時期』と、さまざまな条件が重なって起こったのが、魔女狩りであり、そこに至る前に、誤った教義によってできたのが、権力争いの一面もある異端審問と言えます。






古代宗教と密議が否定された理由



  そこで、信仰が違うからとか、神が違うからという理由で否定して良いのか?という問題があります。しかし、問題はもっと根深いのです。


  神が違う、教義が違う、信仰が違うという問題よりも、人間を生贄にしていた古代宗教という問題です。ケルトのハロウィンの話でも、人間が生贄にされていたと、秋になると動画が上がりますよね?多くの古代宗教は、本当に人間を生贄にして神に捧げるという行為を行っていたのです。


  これは、聖書の神がとても嫌う行為でした。自分の生み出した創造物である人が人によって殺されるのですから。聖書を読めばわかりますが、これは固く禁じられていました。その地域全体で、それを行わない派閥と、それを行う者達の派閥の戦いでもあったんですよ。それが科学や物理の否定として語り継がれているだけなのです。


  イルミナティーという組織があろうが無かろうが、そもそも啓発された者(複数形)を指すこの言葉。


  古代から続く密教は、神になりかわる事をゴールとする事になります。瞑想も本来の目的はそれです。自己を高め、高みに上る事によって神のようになる・神になる。


  サタンがサタンである所以は、まさにこの行為によるものです。また、人がエデンの園を出る事になったのもこれが原因です。


  結局のところですが、陰謀論者や都市伝説テラーと呼ばれる人々が「あいつらはサタニストだ!」と言ったりしていますが、あまりその人にとってサタニストの考え方や定義とかね、関係ないわけですよ。ただ、「我々を管理するな!」とか「我々の命の危機!」という事に『許せない』というエッセンスが加わっているだけの話なんですね。



  キリスト教に否定されたとか弾圧されたとか言いますが、実際のところね、キリスト教国家となった国以外で市民権を得る等の方法もあったわけですよ。単純に学問であるならば、他の地域でも通用します。そうでは無いのです。そうでは無く、それは別の密議から派生しているから、行き場が難しいのです。学術の発表や論文の発表とは違うのです。人数や国家宗教の問題があったので現在のように言われていますが、別の宗教がそれをつぶす可能性も十分にありました。ってこと〜♪です。はい。





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posted by Mako at 20:11| 都市伝説?

日記

たった今姉と通話をしていて、お酒の話を少ししたのよ。終わったところ。
まぁ、ビールの話ね。

父が生きていた頃の銘柄の話が出たとき、私の小学校時代の思い出がよみがえってきてね。
夜、酒屋がしまっていなければ(一番近い酒屋(当時の私の徒歩で片道2〜30分)が22時まで営業してた)、酒が無くなれば買いに行かされるって感じだったのよ。
それがさぁ、日本酒の一升瓶だから重いの。買って抱えて帰るんだけど、落として割ったらボコられてしまうので、気をつけて歩くわけよ。で、時間が余計にかかる。重いから早く帰りたいのにさぁ。

父にボコられるときって、一番嫌いなやられ方があったのよ。父が怒っているのだから正座をしなければならないの。床の上に正座をさせられるんだけど、トイレと部屋の間の板張りの空間。そこに正座をさせられるのね。そこ、すごく寒いの。そこに正座をして、髪の毛をわしづかみにしてさ、床に顔をガンガン叩きつけるのよ。

他の暴力というか折檻だったら、わりと感覚がマヒしてしまえば少しラクになるんだけど、同じ個所にずっと衝撃があるから、マヒした後感覚が痛みで戻ってくるの。鼻血がたくさん出て、時々それで口の中も切れるので、結構血が出るのね。
子どもって、自分から血が出てるってすごく怖いのわかるかなぁ?「私死んじゃうかも?」とか「大怪我してるんだ!」みたいな不安がこみあげてくるのよ。すっごく怖いの。
それが一番嫌いだったのよね。

その後は、その板張りの空間で正座をしたまま許してもらえるまで正座して待たなくちゃいけないの。ふすまを閉められるから押し入れのように真っ暗。ちょうど背に裏口の戸があるから、そこから入る冷たい空気が指先を冷やすから、手足の感覚がマヒしてくるんだけどさ。許してくれると言って戸を開けたときに正座が崩れていたらまた閉められるかボコられちゃうのでね。いや、マジで。絶対に崩すわけにはいかないのよ。

この方法は、母がいる時には始まっていた折檻方法?(笑)なんだけど、足を崩していたり姿勢が悪かったりしたら、父ではなくて母がボコるって事になるの。父より母の方が時間が長くなるのは、男女の違いなのかもしれないけれど…

母の場合「ここを閉めているから見えないと思って!」と、見えないからサボリてきな感じで姿勢を崩したみたいな決めつけで更なるボコリを加えてくるって事になるの。決めつけなんだよね。
「〜だと考えたから〜したに違いない」っていう、もうね、自分のせいじゃない思い込みや決めつけで追加ボコ入るのがめっちゃ理不尽だったわけ。
「親を舐めるな!」「親はごまかしたってわかってるんだ!」というような事をよく言ってた。

でさぁ…。そんな夫婦だから、夫婦喧嘩がマジやばくてなぁ。熱湯やら割れ物やらが普通に飛び交うので避難場所を見つけておかないと大変。下手に仲裁に入ると自分がヤバイし(わら

酒瓶抱えて夜歩いてるような子供時代だった頃には母はもう家にはいなかったけれど、とにかく重い酒瓶を抱えて頑張って歩いた上にボコられるのがすごく嫌だったのよ。絶対避けたい事だったわけ。

そんな思い出があるものだから、父といえば日本酒のイメージの方が強かったの。

「あ〜。そういえば父もビールは好きだったっけ?」なんて事を思い出したりしてた。父の嫁さんが買ってくる銘柄と父の好みの事なんかを思い出して話したりしてたの。




やっぱり私はね、子供の前で妻に暴力をふるうとか、子供に対して暴力をふるうとか、そういう親たちは嫌いです。まぁ、それらは虐待として数えられているけどね。今は。

で、もうひとつ嫌いなものがあるの。

新しい相手を見つけて新しく家庭を始めるのは結構だけどさ。その新しい家庭からのけものにされている旧夫や妻の子供たち。これの味方って、実の父か母しかいないのよ。それなのに、新しい夫や妻の味方しかしない親はもっと嫌い。
自分の子供じゃないのに面倒見てもらってるひけめとか、子供たちには関係ないでしょ?

自分の実の父や母にさえも気を使って、言いたいことも言えない。しかも家庭の中でもボッチってなったらさ、とにかく学生時代が終わったらすぐにでも出ていきたいと考えるわけでしょ?それしかその家庭内での苦痛から逃れる方法が無いんだもの。

急な雨、台風や雪、こんなものに道中でくわしたって「家についた〜」とゴール地点についた安心感ってあるでしょ?そういう子供にとっては、新しい戦場のドアだからね。

ある程度の年齢になると「思春期だからあまり口をきかなくて…」みたいな雰囲気出してなぁなぁにしてたりする事もあるけどさ。他の家とは全然違いますから!!!って力説したいわ。私は子供たちに肩入れする。

ってか、せめて子供が独り立ちするまでは独身でいられるぐらいの気持ちを持たないのに子供作るなって思う。
経済的理由や、なんやかんやその子の為になるって話なら良いけれど…。「自分が幸せじゃないと子供も幸せになれないよ」なんて再婚勧める人いるでしょ?
正直死ねって思うの。

離婚しました。はい終わりです。これは夫婦間の話で子供の親子関係の話じゃないから。責任は分散されるから、新しい子供ができても100%にはなれない親なのよ?で、新しい方を優先すれば古い子はそのしわ寄せをくらうわけで、また、古い子にもきちんとってなれば新しい子にしわ寄せがいくのよ。

で、何か勘違いしてる人が結構いるんだけど、養育費って子供に対して払うもので、古い夫婦関係の人に払うものじゃないのよ。頭悪いんですか?って思う。




いやね、多すぎない?この手の話。ってストレスが今爆発しただけ。ネット上で見かける悩みも、境遇が悪かった人への偏見やバカにするような書き込みもさ。ほんとに多い。

「やっぱりね〜。親がしっかりしてなかったからねぇ〜」
「どういう育てられ方したんだろうねぇ〜」

こういう心無い事言う人も本当に多いのよ。

「貧困母子家庭だから定番の低学歴wwww」なんて書き込みだってしょっちゅう見かけるでしょ?

だからこそしっかりした人間として頑張って欲しいわ。そんな書き込みをしたり、そういう先入観で見ている人なんて、親がちゃんとしてくれただけで、自分でなんて何も頑張ってはいないのよ。
「受験大変だったわ〜」なんて苦労話したところで、家事をやりながらとか、兄弟の面倒をみながらや食べさせながら頑張った人の方が絶対に上なんで。
物を知らないから舐めた事を言ってるだけなのでね。本当にそういうさ、いわゆる境遇や環境が良くなかった中で育った人にはしっかりして欲しいと願うの。

そしてね、そういう事で上から見下してくるような性格の悪さを持っていない部分は、ちょと誇っても良いと思う。人としてはそういう事を平気で言ったり書き込んだりしている人より絶対上だから。ちゃんと育ててもらっても性格悪かったらダメじゃん(笑
posted by Mako at 12:17| 日記