2020年11月17日

よりちゃんの意見と動画クリエイターの今後?

▼02:58あたりから▼


このよりちゃんの動画の7割ぐらいは同意見なんですよ。

食べ物を無駄にしようが、その人の買った物をどう使おうがその人の自由じゃないですか。
そもそも無駄に捨てる予定込みで購入している自由があるわけです。
目の前に飢えている人がいるのに、それを横目に捨てるとかね。そういう場面じゃなければ、それほど批判されるような事ではありません。
箸の持ち方や食べ方が汚いからといって、それはその人の自由です。ただ、飲食店や他の客に迷惑をかけるとなれば話が変わってきます。

と…。こういう部分は私もどこまで批判して良いの?視聴者が口を出して良いの?という面で同意なんですよ。
対価を払っているのはその人で、その人の経済状況に視聴者は関係ないですからね。

同意できないのは「無料で見てるんだよね?」の部分です。
これについて、私の持論があるというわけではなくてですね…。

動画の投稿をビジネスとして考えるか?個人の収入源として考えるか?この違いだと思うのですよ。
ビジネスとして考えるなら、そのサービスを提供する側、現在ではGoogleさんですね。彼等が売れないと考える商品を作るわけですよね。
しかし、後者の場合は、ユーチューブのようなプラットフォームを利用して稼ぐという手段として考えている場合の意見になります。

動画の投稿を、GoogleやYouTubeを提携先と考えてビジネス展開するとなれば、後者のような考え方は無いわけですよ。
宮迫+中田さんがユーチューブバラエティー番組に動き出しましたよね。
時間は進んでいるので、個人がプラットフォームを利用して稼ぐ時代の流れが変わってきているのです。これは、案件を仲介する事務所が設立された段階で始まっている事です。

個人がツールとして使って稼ぐ庭を、それをやっている人達自身が守ろうとはしなかった部分の影響は大きいかなぁ?と思います。そのベースは、彼等が芸能人やタレント気どりに走ってしまった事が大きく影響しているように思いますね。
芸能人やタレントを気取った人々 vs 芸能人やタレント こうなれば本物の方が上になってしまいます。

TV にウンザリした人々の居場所だった動画投稿サイトが、TV 化。これに拍車をかけてしまったのですよね。




ビジネスとして動画を作成している人の場合、それを受ける側の反応もわりと気にします。悪評でも高評価でも再生数は再生数。この考え方が及ばなくなってきているのです。
そこに「あなた達無料で見ているのだから・・」は少々遅れを感じます。

そして、「あなた達無料で見ているのだから」という考え方が、ユーチューブ運営と考え方が合わない時代に入っているのです。スポンサーがそれを受け付けないからです。
そして、 TV に慣れている人々が視聴者層として増加しました。 TV にウンザリした視聴者層はそれで良いのですが、TV からまんま移動してきた側はその感覚を持っていません。

TV はスポンサーの提供で成り立つ制作動画で、苦情、クレームはいくらでも入れる事ができる庭なのです。

ですから、「え?あなた達無料で見てるんですよね?」という考え方は、ますます自分達の庭を狭くしてしまうと思われます。だって…。苦情やクレームが運営側や提携先に向かいますからね。何かあればスポンサーが降りてしまう。この状況が TV をつまらくしたように、動画もつまらなくしていく。
現段階では、自分達のチャンネルに自分達のスポンサーをつけるというなじみの薄いスタイルなので良いですが、これらが確立すると更に先に進みます。

ツイキャス、ニコ生のような配信者スタイルの場所も、もう大手とされる人の視聴者数ですらあまり動かないじゃないですか。時が進んでいる事を見据えないと…という場所にいると思いますね。




よりちゃんも、コレさんも、その他配信者でありながらユーチューバーをやっている人々は、まだまだ TV はつまらないから捨てた層を持っているのでマシです。
配信は編集ができないという過酷な状況下でもあるので、配信出身の人は臨機応変にやれる強みがあります。
だからまだ良いのですよね。
芸は身を助けるってやつですね。ユーチューバーやインフルエンサーと比較して腕がある立場なのですよ。
下品であろうとなかろうと(苦笑)

時代の流れ、ビジネススタイルの流れを掴まないとまずい時間の中にいると思うのです。私のようなアホで無能の考えなので間違っているかもしれませんけどね。
長生きするなら新しい視点と庭の構築が必要かと…。

そういう意味で、「無料で見てるんだよね?」という部分は同意できません。それで7割程度は同意という感じになりました。残りの3割が時代の流れの部分で同意できないって話でした。

芸能人や既存メディアに負けて欲しくないっすわぁ。。。。。
posted by Mako at 08:15| 日記

つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学5年生に語った文章の心得

専門家さん達の指摘がちょこちょこあった中田さんのチャンネル。相変わらず再生はしないけど、サムネだけ見てみました。

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まるで自己啓発w

ビジネス書を主体にしているイメージが強いので、こうなってしまうのは仕方ないのでしょうね。
でも…
自己啓発っぽいサムネが並ぶと、一気に胡散臭さが上がると感じるのは私だけでしょうか?(笑)

ってか、ビジネスチャンネル系って結局そっちに向かっていきません?サムネだけを見てるからあくまでイメージなんですけどね。

▼コラムニストが小学生に教える文章の書き方本ですが…

つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学5年生に語った文章の心得

近藤 勝重さんの著書です。文章の書き方の本なのですが、大人達は自己啓発っぽい読書に使ったようです(笑)
自己啓発本じゃなくてもそうなってしまうのは、現代風なのかもしれませんよね。

つらいことから書く。これが、客観的に自分を見る事ができるきっかけになる。そういう感じです。
人格の成長と書く事をイコールの関係で結びつけている著者らしい本だと思います。

私は、この本はわりと好きな部類なのですが、ちょっと違うかなぁ?と思う部分もあります。

つらいことから書く事の効果は『自分の良き理解者は自分である』と錯覚してしまうんですよね。それって錯覚なんですよ。
逆に自分が1番自分を知らないというパターンもあるじゃないですか。

最近もここに書いたのですが、アレルギーが理解できない祖母。これが良い例になると思います。

アレルギーを好き嫌いと解釈してしまうという系の誤解も多くあるのですが…
「そうやって食べさせないからいつまでたっても食べられるようにならない。」という思い込み。少しずつ慣らせばやがて食べられるようになる。過保護にして遠ざけるからいつまでも食べられない。こういう思い込みですね。
好き嫌いと同じで、孫の為に良かれと考えてやっているんですよ。悪気は一切無いのが困り所。
多少の湿疹が出ようが、かゆみが出ようが、徐々に慣らせば治ると。だから孫に食べさせるのを邪魔するな。
これがアレルギーを理解している他の家族と合わないのです。
嫁に「アレルギーだから食べさせないで」と言われても、祖母の立場から見れば新米ママに意見されている状態。「私に任せておきなさい。食べられるようにしてあげるから」となってしまう。

アレルギーが出ると生死にかかわりますからね。「アレルギーなのきどうして食べさせたんですか!」と言っても、孫の為に良い事をしているだけだと考えているので、謝罪の言葉も出てこない。わからないように食べさせる為に料理に一手間かけたり、わざわざ高くてもそれを買うなんて努力もしていますからね。
「感謝されてもおかしくないのに文句を言われるなんて」と考えている可能性も…

この人が、良き理解者は結局自分ってなっちゃったらどうでしょう?何が悪いかわからない。自分は孫に良くしてあげているのに、周囲は理解してくれない。なんなら夫も息子も嫁の味方をする。
これが辛い事であって、自分の良き理解者が自分となると厄介です。
「辛かったね」と自分が自分を励ます事で「次は量を加減してやってみよう」とか考えてしまう事もあると思います。そうなれば次なる失敗のスタート地点に立ってしまいますからね。

この手の問題は、自己啓発の怖い所と似ていると思うのです。包丁は料理に使えば便利だけど、人に使えば傷つける。下手すりゃ死ぬ。ここの注意書きが無い状態で蔓延するとヤバイじゃないですか。
大人なのだから多角的に見ようねって事ができない大人が増えている。

自己啓発っぽく受け取られたり、発信したり、このような現象は思考の単純化が進んでいるからなのか?なんて思います。


posted by Mako at 00:32| 読書