2019年10月06日

定義 (7) 捕捉



サムエル君の歌から、命をテーマにした曲をピックアップしてきました。



エノク書の補足です。少しややこしいので、わかりにくいのに長いです。
エノク書を用いて聖書を見る方が多いので、私の定義を提案するものです。




聖書には天使についての情報が少ないです。
色々な文献や出土品、写本類を用いて『天使学』や『天使論』が、学者や教師達によって語られています。
しかし、それは私にはどうでも良い事です。

例えばですけど…
「あの時代にイスラエルの民は捕囚となったから、聖書の記述は、その時の異教の影響を受けている。」
このような仮説を立てて、それを立証する事に専念するような学者達。

彼等は、それが起こる以前から預言されていた事が成就した事を無視しています。聖書に記述があってもです。
そして、近い異邦人の物を主軸に聖書を合わせてしまうのです。
それでは結論ありきの肉付け作業でしかありません。

神学にも派があるように、神学者にも色々います。人が天や神を定義付ける者達では無く、天や神を解き明かす者を探すのは、熟練した信仰者の目が必要かもしれません。




さて、エノク書というものが現実に存在するように、天使崇拝の歴史も長いのだろうと思います。
エノク書は独立したひとつの書のようですが、そうではありません。

【1】エノク書も〜訳と別れており、それによって中身が変わります。大筋は同じですが。だから、可能性ですが、一方は本物である可能性も無くは無いのです。
使徒達も、エノク書から語ったと思われる言いまわしをしている事があります。

【2】彼等がもたらした智慧、薬学・星読み・先見・戦いの道具…etc
これらが、太古の偉大なる人(私はネフィリムと捉えています)ヘルメスの書を指しているように思えます。
これは、私の個人的な意見でしかありませんが。
シャーマンが、薬草で幻を見たり、霊と交信したり、そのような智慧もここが元なのではないかと思っています。
仏教系には蓮子の花がつきもの。蓮子という植物も、使い方で人の脳に何かしらの効果(トリップ)をもたらしますよね。

エノク書も意味なくあるのでは無く、無視できない存在かもしれません。
しかし、一般人と一般の信徒には、あまり関わりの無い事だとも思います。




さて、サタンは人間への嫉妬の故に落ちたと論じる説もありますが、天使達と人の違いはなんでしょうか?

人の復活について、サドカイ派の学者達がイエスにした質問の答えがあります。

共同訳がわかりやすいと思うので、共同訳を引用します。


イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりするが、
次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、 めとることも嫁ぐこともない。
この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり 、復活にあずかる者として、神の子だからである。

ルカ20:34〜36


人は子を生み命を繋ぎます。神は婚姻とSEXを特別に聖として扱っています。
結婚とその契約、後の世代を継ぐ子が生まれるべきはこの環境下です。

ですから、これが無くなると今のようには子は生まれない事になります。一応今のようにはと書きましたが、それは、子については何も知らされていないから答えられないのです。本当なら「もう子を生む事は無くなる」とハッキリ言いたいぐらいその事について何も知らされていません。

とにかく、父と母の血を受け継ぐ(遺伝子でも良い)現在のような世代継承は無くなるのです。

人がこの状態になると『天使に等しい者』と言われています。

人は生きる者から死ぬ者になった。
堕天使は死なないので、滅びに定められた。
これが最初にあった裁きです。

人がエデンから追い出されたのは何故ですか?

日本語訳が1番わかりやすい口語訳を引用しますね。


主なる神は言われた、

「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、 命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。

そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

創3:22〜24


  • 人は死にます。
    天使は死にません。
  • 人は結婚して子孫を残します。
    天使は結婚しません。(文脈から、死なないので、そうする必要がないと受け取れる)





エノク書はどう聖書と繋がるのか?その一文を引用します。


さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、
神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。

そこで、主は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の(よわい)は、百二十年にしよう」と仰せられた。

神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。
これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった。
創6:1〜4


少しわかりにくいので、イタリア語で読んでみます。

In quel tempo c'erano sulla terra i giganti, e ci furono anche in seguito, quando i figli di Dio si unirono alle figlie degli uomini, ed ebbero da loro dei figli . Questi sono gli uomini potenti che, fin dai tempi antichi, sono stati famosi.
‭‭Genesi‬ ‭6:4‬ ‭


unironoはラテン語unireが元の複数形です。ひとつになるとか結合するという意味から、結婚する事も指します。

In quel tempo c'erano sulla terra i giganti , これは、ちょうどその頃というか、その時代の只中、最中にネフィリムが地上にいた事を言い、e ci furono anche in seguito,その後にもいた事を言っています。

翻訳したいわけでは無いので、要点だけいきましょう。

ポイントはunironoはラテン語unireが元の複数形です。

神である主は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。
人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」
それゆえ男はその父母を離れ、 妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。
創2:22〜24節


ここにも unire が使われています。


Perciò l'uomo lascerà suo padre e sua madre e si unirà a sua moglie, e saranno una stessa carne .
‭‭Genesi‬ ‭2:24‬


una stessa carne とついているので、(彼の妻と)結び合わされて一体となる、同じになる。うーん… 一身 (いっしん)になるがベストかしらね?

そして、創世記4:1 (アダムとエバの性行により子ができた部分)ではconoscere(知る)が使われています。

ちなみに、同じような行為で『知る』と訳されている箇所ですね。ソドムとゴモラの箇所では『abusare』が使われています。
乱用・悪用・人の親切に付け入って踏みにじる・レイプや強姦を意味する単語です。
「もっとよく知りたいのだ」というような上品さは無く、彼等を我々に差し出せという表現も、もっと荒々しいです。

conoscere が使われる時、人の経験や体験によって『知った』という事を指して使います。

『アダムは妻を知った(conoscere した)』のだから、性行為があったという事になります。

unire が使われている、ひとつとなったとは違うのです。
そして、unire には、入ったとか入り込むというニュアンスがあります。
年長者のグループに青年が混ざるとかですね。
そして同時存在にも使います。
あの女性には、純粋な美しさもあれば、怪しい魅力もある。こういう2つの異なったものが、同時に存在する事を言う時にも使われます。

問題の箇所に使われているのは、unire だけです。入り込んで結び合わされたのだから、私は『霊的姦淫』と捉えました。子とは、遺伝子的な事では無いと。

ユダヤ人はアブラハムの子というのと、神の子とされるという時の子は定義が違いますよね。一方は血統的、遺伝子的にです。一方は霊の問題です。

彼等の子が身体的に大きかったのは事実だと思いますし、ゴリアテの指のように、人とは違う何かがあったのだと思います。

しかしですね、性行によってこのような人間が生まれた事がありますか?この事を考えるべきです。
獣姦は聖書で禁止されている行為ですが、現在でもそれはあります。
その嗜好が無くても、例えば囚人が飼育されている家畜で性的欲求を埋めたりとか、色々な形で。
聖書の時代にもあったから禁止されたのです。

その間に、獣の特徴を持った人間が生まれました?
神々の神話にはそれがいます。しかし、それが実在した痕跡はありません。

イスラエル民族が身体に欠陥のあるものを区別した理由。それと根は同じものだと思います。
聖書の神が言う『罪』の結果ではないのですか?




御使い(みつか)いは、見えるように現れもすれば見えないようにいる事もあります。また、特定の人にだけ見えるように現れる事もあります。

それが地を彷徨い、人の娘に入った。そして子を生んだ。名のある偉大な者の母。

神々の母と同じじゃないですかね?

それにルーツを持つ、枝分かれしていった宗教の神事。これに性器があったり、神々を生む母がいたり、処女を奉納物として捧げたり…
偶然同じ性質なのでしょうかね?

日本語で訳されている単語では、同じに考えやすいのでイタリア語を用いました。
英語は苦手だし、とりあえずヨーロッパ言語だし、ラテン語をルーツにした、それに近い言語だからです。

聖書通読に得意な言語や好きな言語を加えると、少し視野が広がるのでお勧めです。

「この単語とこの単語は同じ意味なのに、どうしてこれなんだ?」と考えて調べた時、イマジネーションな感じですが、ぐっと理解が深まります。

また、言葉の時制の使い方もそうです。日本語では奥行きの無いものが、他の言語では奥行きが出たりします。

まとめ



『ひとつになる』は婚姻も表しますが、子孫を得る為のそれとは限りません。
霊と交信する・降霊する為に使われていた薬草や強い酒も考えなければなりません。
これもまた、少し変わった子が生まれる原因になります。父親がそれを使っても、母親がそれを使っても、両方がそれを使ってもです。

そのような子なら、神の子が人の娘に入って生んだ子の説明がつくと思います。



証明できないので憶測ですけどね。


posted by Mako at 08:40| 聖書関連