2019年12月12日

プライドとか自尊心とか

プライドや意地というものは、あればあるほど馬鹿を見る(笑)と思う。
かと言って、それに全く美徳が無いか?と問えばそうじゃない。
それは愛につながるきっかけを作るので、あっても良いものなのです。

郷土愛、同胞愛、兄弟愛… このようなものとは無関係ではありません。

そうですね。ドラマなんかによくある「オイラの事は何と言われてもいい!でも、母ちゃんを悪く言うのは許さない!」みたいなものも、家や血縁に対するプライド(自尊心)が影響しています。

大切なものを守るのに必要な機能として働いている。だから、一概に『不必要』とは言えません。

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問題は、それがどう機能しているか?なのです。私個人の意見ですけど。

プライドや意地、自尊心の為に自己があるのでは無くて、自己を自己として保つ為にあるのです。それに振り回されるのは本末転倒であり、愚か者の愚行です。

『幼い子供に機関銃を持たせるようなもの』という言葉がしっくりいきます。

少々話をずらしてみましょう。
お金はあった方が良い物である事は、誰も否定しないと思います。
では、稼いでどうするのでしょうか?
稼ぐ為に大切な人と過ごす時間を大幅に失ったり、使う暇が無いのでは意味がありません。
稼いでどうするの?ここが大切です。お金は有限ですから、誰かが多く稼げば、その分どこかで貧困が増えます。
「一生ラクして暮らしたい」と夢みても、家庭というものを考えた時、遊びに行く時以外はいつも家にいる父。これは健全な家庭でしょうか?
地域や社会と繋がりが無い大人は、お金でしか問題解決力がありません。何でも金で解決する家長を持って、子は常識を学べるでしょうか?

また、貯めるだけ貯めて、必要な分から使って行く事。これは賢い生き方のようですが、その人に流れたお金がそこにばかり留まっている事は、社会や国全体の経済を病気にします。個人には良くても全体には迷惑です。

食欲や性欲に話を変えてもそうです。
食欲は身体を作ったりエネルギー補給になるばかりで無く、社交の役にも立ちます。性欲もそうです。無ければ男女間の愛を深めたり、相手への特別感も養うのが難しいですし、まず子孫が増えず人類は終わります。
無ければ困りますが、それを制御できなければ身を滅ぼします。

プライドや自尊心もそうです。自己をより良く保つ為にあるのであって、それに美徳を持たせる為にあるのではありません。

これは一貫した私の考え方です。

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そこをあらかじめ述べて置いてから言いますが、私にもプライドや自尊心があります。大きいから小さいかはわかりませんが。

女性として惨めになる言葉や態度は、深い傷となって残ります。
「私メンヘラじゃないもーん」とガサツに笑っておく事は、あまりしたくありません。
受けた傷をごまかし続けると、痛みに鈍感になり、更に相手の暴言や中傷を広げます。その積み重ねは、自分は言われても平気だという認識に変わり、自分が誰かに言うようになるのです。

私はこれに気をつける事が、品性のある大人だと思っています。しかし、鈍感になった事が多く、少しずつ改善したいと努力しているところです。

現在のお笑いというものは、この品性を麻痺させるものが増えているので、あまり見なくなりました。

傷ついたものを傷ついたままで放置させようとする『メンヘラ』という現代語も嫌いです。

私はキリスト者ですから、自己のコントロールという面では一般の人々とは少し違います。しかし、同じ人間なので、共通する部分のほうが多いです。

まずは自分の色々な部分を回復したいと考えています。女性らしくもあり、人間らしくもあるように生きたいのです。

posted by Mako at 06:04| 日記