2020年01月13日

パターナリズムと制限 (中編)

法律を学ぶ時、先ず最初に『法とは何か?』を学びます。

よく言われる正義論や、道徳と法の区別を明確に区別する為です。




■言葉の定義



◆道徳的モラリズム

人の行動を規制するものに、ルールや法律がありますが、その他にもうひとつ、モラリズムがあります。

モラリズムは道徳・不道徳という価値観で、人の行動を規制するものです。

小さな社会や大きな社会にあるルールや法律は外的規制です。

「女子生徒の制服のスカートは、膝下5cmとする。」
このような校則は、人の道徳・不道徳に関係無く規制するものです。
規制される本人の外から規制されるものです。

「痴漢に遭うといけないから、制限のスカートを膝下5cmにしよう。」
このように、人の内面から人を規制するもの。これがモラリズムです。
主に、道徳・不道徳や信仰心・信義則等があります。

【A】「責任追及されると困るので、浮気はやめておこう。」
【B】「愛する人を裏切りたく無いので、浮気はやめておこう。」

【A】がパターナリズム的行動規制で【B】が道徳的モラリズム行動規制です。





■規制の違い



道徳的モラリズムから来る規制の場合は、主に自分の内(自分自身)から行動制限するので、通常は問題になりません。

パターナリズム関係から来る規制の場合は、理由と責任の帰属、秩序等、許容される範囲内で制限が可能です。

それが行き過ぎた制限の場合、司法の場で争う事が可能ですし、罰や制裁を与える事もできます。

家庭内では、虐待やDV等の問題となりますし、会社や学校では、権利回復が可能です。

モラリズムの場合、行き過ぎたとしても、自分が自分を律するのをやめれば良い事なので罰はありません。
社会的に問題ある行動で無ければ良いのです。





■制限の越権



規制は決して悪い事では無く、人の生活を安全に保ったり、円滑にしたりするのに必要な事です。

しかし、度を越えたものは問題となります。特に自由主義国家ではそうです。

『食事中に飲んでも良いのは水だけ』というルール。その環境で育った子が、それが食事のマナーだと思い込んでいた。
それで、ジュースを飲みながら食事をする友達に「マナー違反だ」と注意した。

このような場合、パターナリズム的規制とモラリズム的規制が混雑していますね^^;

通常なら、学校給食で牛乳が出るなんて経験や、友達の家で食事をすれば、麦茶やお茶が出てくるという経験から『食事中は水だけ』なのが自分の家庭内ルールだと学びます。けれど、割とそうでもない場合が多いのです。

自分の持っている常識と道徳を、常識的だと考えてしまうと越権行為が出てきます。

「食事中にジュースを飲むなんてとんでもない!」
これが正しいと思い込んでいると、「自分は悪い事は言っていない」「自分は相手の為に言っているのだ」と考えてしまいます。

自分は良い事を言っているという前提で、自分の中のモラリズムを他の人に押し付けてしまうと、自分を中心としたパターナリズム関係を作ってしまいます。

わかりやすい言い方をすれば、自分が保護する立場で相手がされる立場であったり、自分が法律の執行機関で、相手は裁かれる立場になってしまうのです。
ですから、言ってもわからないとか、改善が見られないと制裁を始めます。

実力行使で友達から「食事中にジュースはダメって言ってるでしょ!」と取り上げる。

別の友達に「あの子ご飯の時にジュースを飲んでるんだよー!信じられないよねー!」と陰口を言い始めたりという行動が始まります。

これが独裁国家的共産思想です。

子供関係だけでは無く、大人達の人間関係でも、このような現象は多くあります。
posted by Mako at 05:48| 日記