2020年05月23日

平気だぜ!

昨日考えてスッキリした事。

子供の頃から欲しかったものがあった。
あれこれあきらめながら、残骸をあつめて希望を持とうとした。
次々破壊された。

立ち直るまで時間がかかったけど、いや、立ち直ってもいないんだけど…
今もそこを少し考えるだけで胸を圧迫されたようになって勝手に涙が出るので、たぶん立ち直ってはいない。気にしないようにしてるだけ。

それでも、今までは他者からのものであきらめてきた。
でも、私が今最後に持っている夢は、他者にはどうにもできないって事。これは私にはとても喜ばしい。それしか残らなかったのは、パンドラの箱のようで『最後に残った希望』は箱から出されずに閉じられた。

パンドラの箱は最後に希望が残ったって美談っぽく言われるけど、希望だけは箱から出なかったのよ。絶望や嘆きや、色々な汚いものが箱から出て行った。なら、希望も出してくれれば良かったのにね。
それと同じように、最後の最後に出てこなかった希望の故に持った望みのようなもの。

聖書にある「キリストイエスの愛から私を離すものは無い」というのに少し近いかも?誰もどうにもできない。
泣き寝入りもしない。かといって、巻き込まれた人の不幸を思えば、やっぱり正当化もさせない。
私はその人の肉親だから。肉親の絆とはそういうものだと思う。傷つける人から守りたいし、破壊する人を遠ざけたい。だから、そっせんしてそれをするような人を私は理解できない。

これからもこのままなのだろうけど、特に何が変わるわけじゃない。同じ事が続くだけなので。もうそれが日常になっていて、私はそういう事以外の人生を忘れている。
私にとってそれはもう日常なのだ。もっと過酷にされたところで、これまでと同じで決して良い状態にはならない。
いつか良くなるとか、現実にならない夢を見るのを終わったときも、やっぱり私は肉親だからという思いがあったっけなぁ。
だ〜れも幸せになれないの(笑)
あるのはその環境を作り出す人の自己満足だけ。

おかげで私は乾ききった。カラッカラに乾いちゃったの。
今まで通り他人の自己満足と言い訳のために嫌な事がたくさんあっても、それは今までと同じなだけなので平気なの。
良い状態から悪い状態になるわけじゃなくて、悪いものがもっと悪くなっていく時間が今まで通り過ぎるだけなのよ。
もう今更間に合う事が全然無くてね。そこに踏ん切りがつくまでは、やっぱり心が震えて痛くて大変だったけど、たぶん、それに触れたら泣き続けるんだろうけど平気。
だって今まで通りだもの。

だから、最後の最後に残った夢は必ずかなう。だから平気。

それでも、ほんの少しだけでも、と思うので…
実現しなくても外国語は勉強を続ける。
努力だけは、足腰がたたなくなってもする。これは私の意思表示のようなものだから。
決意の表れみたいなもの。

そうやって前だけ見て頑張る。
posted by Mako at 05:55| 日記