2020年11月17日

つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学5年生に語った文章の心得

専門家さん達の指摘がちょこちょこあった中田さんのチャンネル。相変わらず再生はしないけど、サムネだけ見てみました。

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まるで自己啓発w

ビジネス書を主体にしているイメージが強いので、こうなってしまうのは仕方ないのでしょうね。
でも…
自己啓発っぽいサムネが並ぶと、一気に胡散臭さが上がると感じるのは私だけでしょうか?(笑)

ってか、ビジネスチャンネル系って結局そっちに向かっていきません?サムネだけを見てるからあくまでイメージなんですけどね。

▼コラムニストが小学生に教える文章の書き方本ですが…

つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学5年生に語った文章の心得

近藤 勝重さんの著書です。文章の書き方の本なのですが、大人達は自己啓発っぽい読書に使ったようです(笑)
自己啓発本じゃなくてもそうなってしまうのは、現代風なのかもしれませんよね。

つらいことから書く。これが、客観的に自分を見る事ができるきっかけになる。そういう感じです。
人格の成長と書く事をイコールの関係で結びつけている著者らしい本だと思います。

私は、この本はわりと好きな部類なのですが、ちょっと違うかなぁ?と思う部分もあります。

つらいことから書く事の効果は『自分の良き理解者は自分である』と錯覚してしまうんですよね。それって錯覚なんですよ。
逆に自分が1番自分を知らないというパターンもあるじゃないですか。

最近もここに書いたのですが、アレルギーが理解できない祖母。これが良い例になると思います。

アレルギーを好き嫌いと解釈してしまうという系の誤解も多くあるのですが…
「そうやって食べさせないからいつまでたっても食べられるようにならない。」という思い込み。少しずつ慣らせばやがて食べられるようになる。過保護にして遠ざけるからいつまでも食べられない。こういう思い込みですね。
好き嫌いと同じで、孫の為に良かれと考えてやっているんですよ。悪気は一切無いのが困り所。
多少の湿疹が出ようが、かゆみが出ようが、徐々に慣らせば治ると。だから孫に食べさせるのを邪魔するな。
これがアレルギーを理解している他の家族と合わないのです。
嫁に「アレルギーだから食べさせないで」と言われても、祖母の立場から見れば新米ママに意見されている状態。「私に任せておきなさい。食べられるようにしてあげるから」となってしまう。

アレルギーが出ると生死にかかわりますからね。「アレルギーなのきどうして食べさせたんですか!」と言っても、孫の為に良い事をしているだけだと考えているので、謝罪の言葉も出てこない。わからないように食べさせる為に料理に一手間かけたり、わざわざ高くてもそれを買うなんて努力もしていますからね。
「感謝されてもおかしくないのに文句を言われるなんて」と考えている可能性も…

この人が、良き理解者は結局自分ってなっちゃったらどうでしょう?何が悪いかわからない。自分は孫に良くしてあげているのに、周囲は理解してくれない。なんなら夫も息子も嫁の味方をする。
これが辛い事であって、自分の良き理解者が自分となると厄介です。
「辛かったね」と自分が自分を励ます事で「次は量を加減してやってみよう」とか考えてしまう事もあると思います。そうなれば次なる失敗のスタート地点に立ってしまいますからね。

この手の問題は、自己啓発の怖い所と似ていると思うのです。包丁は料理に使えば便利だけど、人に使えば傷つける。下手すりゃ死ぬ。ここの注意書きが無い状態で蔓延するとヤバイじゃないですか。
大人なのだから多角的に見ようねって事ができない大人が増えている。

自己啓発っぽく受け取られたり、発信したり、このような現象は思考の単純化が進んでいるからなのか?なんて思います。


posted by Mako at 00:32| 読書