2021年01月11日

最近考えた事

「そっちの方が痛いから」って言ってたw

「私の顔を平手で打つ時、どうして裏手使うの?」会話する気もない状態の時、言う事が無いのでそう聞いたらそう答えたの。その人。
みぞおちは必ず膝とか、色々決まったパターンがあった。

配信者にDVの相談事を持ちかけると、そこから早く出て行く事を皆が勧めるでしょ?私の場合は、出て行くのは許されないぐらいの考えしか持たない人しか居なかった記憶しかないなぁ。出て行くならもう戻らない。そう決めて出ても、謝れば許してしまったりする。
もう直るだろうとか今度こそ大丈夫だろうとか考えてしまうのだ。

DVをするような人の味方をする人というのは、「殴られるお前が悪い」に同意するのは早いけど、殴られて痛い、辛い、苦しいは許さない。「殴られるお前が悪い」の看板は絶対に下がらないからだ。

ある人の奥さんが、私がその人に蹴られて飛んだ話を笑いながら聞いてた。「この前こいつの事蹴ったら」と言いかけた段階で興味を示してタバコに火を点けた。「飛んで行った」の下りの部分は、タバコを吸っていた最中だったけど、煙と一緒に吹き出した。

平気な人の周りには平気な人しかいないんだなぁって思った。

私は父親に引き取られても、母親に引き取られても「置いてやっている」「食わせてやっている」と言われてきた。母親の再婚相手には、何度も「置いていただいてありがとうございます。」と土下座でお辞儀させられた。再婚相手が望んだのではなくて、母親が教養する。
朝ごはんの最中だったり、深夜に起こされてだったりが主だった。でも、1番嫌だったこは、親族が集まった時に、他の子供達も、大人達も見ている前でそれをやらされる事だった。

他の親類達も「感謝しろよ」と何度も声をかけてきた。血の繋がりが無いのだからという私にはどうにもできない看板が高々と掲げられている結果だった。

私は、特に悲観したりはしなかった。キリストに出会ってからは。10歳にもならない頃は、死を毎日求めていたけれど、イエスさまがね。私を訪ねてくれたのよ。

だから子供ながらにも「辛い時はいつまでも続かない」と考えられるようになってた。「大人になったら」と、その時の事に夢を膨らませて生きてた。
冬と言えば、毎年ひどい赤切れに悩んでいた。着替えを取るにも、靴を履くにも、ちょっと手の皮が伸びるだけでピッと切れて血が出る。これがむちゃくちゃ痛い。
例えて言うなら、結構深めに紙で手を切ってしまった時の痛みに近いかもしれない。
ハンドクリームは大人がつける化粧品みたいなものだと考えていたから持っていなかったし、暑かろうが寒かろうが炊事や洗濯等の水仕事はしなければならない。
保健室の先生が、廊下で出会うと手を見て「おいで」と言って軟膏を塗ってくれる。効果は…全然無かったw 塗る時傷に触るのが痛かったし。
でも「他の生徒に内緒だよ」と言って手袋をプレゼントしてくれた。嬉しかった。「寒い中そのままでいると痛むから、行き帰りこれを使いなさい」的な事を言ったのを覚えてる。

「嬉しい事があった!」ともちろん寝る前の祈りでその事を話す。「辛い事いっぱいあるけど、イエスさまが近くに優しい人を置いてくれたから大丈夫。ありがとう。」そうやって祈ったのを覚えてる。

実際大人になってみて…
「置いてやってる」とか「出て行け」とか、大人になったらこんな物は私と無縁になると考えていた事だけが続く。そして、私が子供時代言われ続けた事や、大人になってまでそれは嫌だと考えていた事だけしか無かった。で、だから「そういう人とはちょっと…」と考えてしまう事も相手に伝えたけれど意味が無かったよw

いつのまにか「そういうところが」と、それは私の弱い部分や良くない部分だから、わざわざ根性を鍛えてやってるぐらいの意味不明な看板が上がったりするw

大人になってからというのは素直さが欠けるし、言葉も悠長になる。そういう理由もあるのかなぁ。何度も神に文句言ったw 今ではそれを後悔してる。それでも真正面から、キリストは私と向き合ってくれた。イエスとはそういう人格者だ。

そういうわけで私は詩篇73篇が大好きです。



私の心が苦しみ、私の内なる思いが突き刺されたとき、
私は、愚かで、わきまえもなく、あなたの前で獣のようでした。
しかし私は絶えずあなたとともにいました。
あなたは私の右の手をしっかりつかまえられました。
あなたは、私をさとして導き、後には栄光のうちに受け入れてくださいましょう。



この聖書箇所を歌っているリラも好きです。




さて、配信者にDVや虐待で相談する人がいるとき、必ず「シェルター」という単語が出てきます。それで、世間ではそういう認識なんだぁと、実際との違いを考えてしまうのです。

「入りたいです。」
「ではどうぞ」

こんな所では無いのです。

DVのような暴力を受けていない人もシェルターにはいます。
一例をあげると、ある事件の通報者等です。
通報した事で逮捕された殺人犯や強盗犯等が刑務所を出所してくる。身の危険が心配されるので一度隔離しましょう。こういう場合ですね。

この事情を聞けば誰もが「それは隔離した方がいい。何かあってからでは遅いから。」そう考えるでしょ?こういう理由が必要なんですよ。
理由は税金で運営される所だからです。

言ってる事伝わりますかね?

別れた夫がストーカー化した。こういう場合も入所の理由になりますね。でも「暴力を受けています。」これだけで「はいそうですか」と簡単に入れるわけではないと考えなければいけません。
そこを出る事ができる。別れる事ができる。こうやって手段があれば大丈夫な人は後回しなんです。
逃げても追いかけられて引きずり戻されるとか、隔離する理由が必要なんです。

DVや虐待に関して、私はそれを受けた人の気持ちが多少は分かると思うんです。でも、その上で敢えて言うなら、シェルターを安易に考えてはいけないという事です。隔離されている立場ですから、自由に外出もできない事になりますしね。自立後の為のゼロからの努力を始める場所ですから、優しい職員が待っているわけでもありません。
税金が使われているので無期限無条件でもありません。

公益法人が、様々な事情で一から自立を目指さなければならなくなった人用に、破格の家賃で家を貸しているんですよ。そこの人と話した事があるし、実際の物件も見せていただいた事があります。
誰も買わないような線路脇に建てられた家。それがそうです。たぶん、子供のいる人がそこに住めば「貧乏人」と虐められるんじゃないかと思うような…昭和臭のするものですw

家が2〜3件、線路の柵に沿って並んだ後、少し小さな建物があります。
「これは何ですか?」と聞いたら「中を見ますか?」と厳重にかけられた鍵を開けて見せてくださいました。

中にはコタツやストーブ、小さな冷蔵庫と言った生活必需品が詰まっています。布団も見えました。

「ここにくる人は家財持ってませんからね。最初はここにあるものを貸すんですよ。」と説明してくれた。
「家賃が安い分、特に老人はなかなか出て行かない。それを防止する意味で線路沿いのような長く暮らしたく無い環境にしてるんですよ。貸出しする家具も期限付き。長くて3ヶ月かな?そうじゃ無いと早く家財揃えないんですよ。お酒飲んじゃっていつまでも自立できない人もいますからねぇ」
線路沿いのうるさくてお粗末な環境も、貸し出される、決して綺麗とは言えない家財類も、彼らの経験と知恵の結果だと話を聞いて理解した。

生活の立て直しに贅沢は言えないのだろうけど… 公益法人のような存在ですらこうなる。そこから更に人権を看板に貧困ビジネスをしているような民間に行ってしまえば、今度はずっとその環境から抜け出せないという新しい地獄に入ってしまう。

頼れる機関や窓口の情報はあった方が良いけれど…
私はきちんとした公の機関をお勧めしますね。
間違った場所に行けば厄介な事になりかねません。
そして、自力でどうにかできる問題なら、なるべく自分でできる解決策を探る事です。
一時的に親類や友人を頼るのもひとつの方法です。

簡単にシェルターと言うけれど、預かった以上何かあっては困ると管理される立場になります。
自分がのこのこ出かけて行った事でシェルターの場所が知れれば、逃げた伴侶や子供を追いかけ回している人にまで迷惑がかかる危険があります。

厳しいけれどそれでも抜け出して人生をやり直す強い意志が無ければ持たないものです。

posted by Mako at 13:48| 日記