2019年11月12日

背教の色彩が濃くなってるの?ただの噂?

手話でも同時に歌う佐藤さんの姿がYouTubeにありました。



モーツァルト、アリアが私個人としては好きなのですが、日本ではリメンバーが知られていますね。

亡くなられた事がまだ信じられません。歌声は色々な手段で聞くことができますから尚更ですね。



アヴェ・マリア‾佐藤しのぶ シングス・フェイバリット・ソングス

日本でオペラ系はインテリチックな方しか聞かないイメージですが、リメンバーで視聴者層を増やしましたね。
上皇の時の歌でも知名度は上がりましたが…

世界中の諸教会が、チェルノブイリ原発事故の被曝児とその差別というテーマに関わったと思います。
佐藤さんは、歌手として彼等に関わった方です。

素敵な歌声ですよね。クロスオーバーすらも土台に乗れない私には憧れです。

私は、同じ教会員にオペラ歌手がいたので、興味は少しある程度でしかありません。
その程度なのに好みを言ったりしちゃうんですが、マジでペライ奴です(笑) 私ってやつは(笑)

世界の富豪さん達は、自分の一族だけが座る年間指定席を、オペラの劇場に持っているのが普通だそうで…
ヨーロッパあたりで城を持っている謎の金持ちとかもそれですかね?

パーティーで知り合った男性に、そのオペラ席に誘われるなんて事は、私達パンピーには無縁の話ですわな(笑)




えっと…
ヨーロッパの話というか、ローマ教皇の話です。

ただネットに上がっていた情報を聞いただけなので不確かで、いつの話なのかもわからないのですが…

「マリア無しにイエスはあらず」発言があったって本当でしょうか?
マリアあってのイエスという事で、マリアに従う教会が次に来て、その下にイエスを置いたと。
それが本当だとすれば、キリストに直接祈るのは恐れ多いと間にマリアを置くという女神崇拝の建前なんてぶっ飛んでしまうと思うのですが?

発言のソースすら探していないので、噂話程度に読んでいただいてかまわないのですが…

「たら・れば」で語るのは空論ですが、本当であれば、背教の色彩が濃くなっている事になります。

クリスチャンの信仰に上下はありませんが、カトリック教徒の敬虔さは尊敬すべきところです。
権威や伝統という看板に惑わされないように、よく耐えてゆかれるようにお祈りを持って応援できればなぁと考えています。



posted by Mako at 05:18| 日記

2019年11月11日

メンタリストDaigo さんの炎上を眺めた感想のおまけ

前回のおまけ記事です。

私が、言葉の使い方や表現力、ギターの使い方で尊敬している久保田さんのピエロ という曲の歌詞を引用します。

きみが愛すその思い出と同じくらいに
僕のことを愛して欲しい


彼は『言葉の魔術師』と呼ばれる事があって、使う言葉には背景を想像させるために使っているものが多いです。

『きみが愛すその思い出』は『それと同じくらいに僕のことを愛して欲しい』と続きます。
つまり、『愛する人の心の中には、忘れられない人やが別の愛する人がいる・いた』という前提が語られている事がわかります。

こういうところが、私が彼を尊敬する理由です。

現代文のような物を使うと、話法や書き方のような技術でごまかせてしまうので、歌の歌詞を持ってきました。

これを、主語述語の関係を意識しながら、つながる言葉で組み替えます。語尾は日本語に合わせて少し変えます。



きみが愛すその思い出と同じくらいに
僕のことを愛して欲しい

[1] きみに僕のことを愛してほしい。
[2]愛する思い出ぐらい愛してほしい。
[3]きみが愛する思い出。
[4]思い出くらい愛して。



1番多く出現するのは『愛して』という欲求です。
この愛しての対象は『きみ』です。
動作主としての主語は『僕』です。


私が何をしているかと言うと『要点』を他人にもわかりやづいようにまとめているのです。
この歌詞の要点は『僕はきみに愛されたい』です。

最初の歌詞を見て「要点は何ですか?」とテストに書かれていたら、絶対に外せない言葉と主語、目的語を抜き出す事になります。

えっと…
ここで勘違いしてはいけないのが、「なんとなくこうだと思う」や「これが要点なんじゃないかな?」と抜き出すのは完全に間違いです。

(*'▽'*)ワラワラ

これはね、論を組み立てる基礎力の話です。
感性を磨くなら間違いではありません。




次に、ちょっとややこしい歌詞を引用したいと思います。

久保田さんが若い頃に歌っていた歌君をずっと想っていたよという曲を弾き語りしている人がいたので、その曲を使います。



会えなくて苦しい日々が
僕の心を引き裂いていく
何もかも忘れちまえば
らくになるのに、それができずに


要点を掴みにくい歌詞なのに、この先は情景に入ってしまうという…
論理的に考えるのには、出だしから抽象的っぽいものを選びました(笑)
繰り返しの言葉もみつかりませんよね。


会えなくて苦しい日々が
僕の心を引き裂いていく
何もかも忘れちまえば
らくになるのに、それができずに

[1]会えない日々が苦しい。
[2]苦しい日々が心を引き裂く。
[3]忘れられたららくになる。
[4]忘れる事ができない。
…同じように繋がる言葉をピックアップします。



これは因果関係を羅列した歌詞になります。

ですから要点は『きみが忘れられないから僕は心が苦しい』です。因果関係を簡潔にまとめたものが要点になります。




理論的に捉えて意見や考えを構築するには、当てずっぽうに答えを出してはいけないのです。
クイズでは無いので(笑)

速読ができる人というのは、超能力のようなおかしな手法でなければ(話題はその手の速読を信じていません(笑))要点のピックアップが上手い人なのです。

ですから、その文章をパッと見た時に、要点だけをピックアップできる。つまり論理的に文の固まりを眺めている事になります。

要点を捉えているので、無駄な情景や背景も、要点に繋がる語だけを拾えているのです。




実は馬鹿なのに先に進みたがる人は、これがわからないのに要点を掴んだ気になっている『早合点』タイプに属します。

人の話を最後まで聞かずに「はいはい、要はこういう事でしょ?」と先走って、ちょいちょい間違える人ですね。
一方で論理的に捉える事ができる人は、同じように最後まで話を聞かなくても正しく動けるできる人なのです。

速読を習得したい人は、読書量を増やしたいのでは無く、論理的に物を捉える訓練になるからしていると言えます。

何故なら、速読は読書に不向きだからです(笑)
本を1冊買う事で味わえるものは、ほとんど得られません。
『要するに著者が言いたいのはこれだ』『要は、犯人はかれこれのトリックを使って完全犯罪を仕立てたのだ』という事はわかりますが、推理を楽しんだり、説得されたりしないのです。
全てが論理的に淡々と、速やかに済んでしまいます。




論理的に考える事が苦手な人は、国語を勉強し直す必要がありますが、速読力を鍛えるという訓練でも、相応の効果を得られます。

私は一般人よりも速く読むまではできますが、速読家のスピードでは読めません。
それってつまりあれかもです。
論理的に物を考えるのが、あまり得意ではないと(笑)
そういう事なのかも(エヘヘ
posted by Mako at 20:30| 日記

メンタリストDaigo さんの炎上を眺めた感想

『Grazie a Dio, c’è l’ho fatta!!』日本語に直すと『神さまのおかげでうまくいきました!』という意味のイタリア語です。でもこれは意訳です。意訳でないと意味がわからない日本語になります(笑)

『神さまのおかげでうまくいきました!』これを日本語で読む場合、私達日本人は、主語がどれで述語がどれかを考えません。


『神さまのおかげでうまくいきました!』から簡単に主語と述語を抜き出すとこうなります。

主語『私は』
述語『うまくいった』

『神さまのおかげで』というのは、私はうまくいきましたを補足する語になります。

この語順を考えるとこうなります。

  1. 私は
  2. うまくいった
  3. 神さまのおかげで


英語を日本語に訳した時みたいですね(笑)

日本語の文章でも、文法を意識して必要なものから置き換えると、英語のようになってしまうのです。




文章を書くにしても、話すにしても、『結論から言うと』と述べる主張はいくつかの効果を狙っています。

1.人の注意を引く。
2.簡潔に述べたい。

この2点だけでも効果があります。

『結論から言うと、アメリカは今期で破綻します。』
経済や政治、ビジネスに直結する事なので、多くの人の注目を集めます。

「どうしてそう言えるのか?」
「何を根拠にそう結論したのか?」
「アメリカで何が起こってるんだ?」

このように、先に人の興味を掴むのです。
そして、この話題に興味がない人も「Aは『アメリカは破綻する』と言っていたな」と記憶に残す事ができます。余計な説明無しに述べたい事が相手に伝わるのです。




他に、書くにしても話すにしても、断言するという方法があります。

『砂糖は人の健康を害するのだ!」

この断言を比較してみましょう。

1.砂糖は人の健康を害する可能性があるのではないかと思われる。
2.砂糖は人の健康に害かもしれないと言う事ができるのではないか?

これら2つと比べても『説得力』は、『砂糖は人の健康を害するのだ!』と言い切っている方が、他の疑問の余地を残すよりも高い事がわかると思います。




これらは他人の興味を引いたり、説得力のある話し方や書き方の技の種類です。

これらの技は、いかに論理的に物を考えられるか?が基礎の力となります。
どこを言い切るのか?結論をどこに持っていくのか?
これらの選択ミスで、述べたい事や強調したい事が簡単に崩壊したり、矛盾したりするのです。

このような論を組み立てる技は、冒頭に書いた主語と述語のように、文法要素を分類する力がどれだけあるかによります。

ですから、日本語だけができる人よりも、文法の違う国語を学習するという経験は役に立ちます。
母国語を文法的に分解する事は、滅多にしないからです。

『この英文を日本語にせよ』と言う問題を解く時、先ずは主語から訳すのが普通だと思います。
多くは動作主ですね。

私は
彼は
彼女は
教授は
叔父は
母は
…etc

メンタリストDaigo さんの語り口調は、論理的に言葉を組み替え、そこに例に挙げたような技が多々入っているのです。

だから、何かの解説をするとき、説得力を持たせる為の言い切りや、主張を立てる為の対比というような技が多くみられます。

【1】わりと頭の良い人は、これを聞いた時「イラッ」と来やすい面があると思います。
「ヘ(^-^; オイオイ」とツッコミを入れたくなるのです。彼等にとっては小手先の話術のようなものでしかなく、説得力よりも反論力をくすぐられる手法であり技なんです。

【2】メンタリストDaigo さんの解説を聞いて「少しでも知識を増やしたい」というような方には、全く気にならない技です。
かえって、説得力や論点を求めているので、あれで良い事になります。

【3】そのような方の中には、「自分で知識を得るのは面倒だからDaigo解説してよ」というタイプがいます。
彼等にとっては、もっと手短に話して欲しいという思いがあります。ですから、彼の有料コミュニティに誘導するだけの長い話は「イラッ」とくる事が多くなります。




メンタリストDaigo さんの炎上に乗った人は【1】か【3】のタイプに別れます。

怠惰でお馬鹿さんな人か、反論力を刺激された賢い人。

『彼の何が問題なの?』を正しく知りたければ、前者の論は避けるべきだとわかりますよね。
正しい事を言っている風でも、ネットを探せばわかる事や、他者の論を自分風に語っているだけなのです。

『Daigo の件まとめ』的役割としては優秀ですが『Daigo の何が問題?』の本質には役に立ちません。
それこそ【3】のタイプが群がるべき場所です。
「時間が無いのでまとめてヨロ!」という人にも向きます。あちらこちらの情報や論を語っていますから。
posted by Mako at 18:34| 日記