2019年08月20日

まるごと3万円ってwからの未来予想図

ある食材を使ったレシピを買いましょう。
そう言う人が現れたとするじゃない?

  1. 未発表の
  2. 新作レシピを
  3. こちら側(例えば弊社)側のものとして扱える
  4. レシピを買います。
  5. 3万円で。


アホかぁぁぁぁ!!!ちっ(怒った顔)プンスコだよ!

レシピを考える材料費込みで3万円。しかも、ずっと自分のレシピではない顔してなきゃならない。

「食材が安いとはいえ3万円ってあーた」デヴィ夫人風に言いたくなるでしょ?




まぁ、あれだ。例えばの話だけど(笑)
3万円って、レシピ完成するまでに何回買い物するかわからないのにさw

調味料とかだと、発売前に現物が届いたりする場合もあったりするわけでしょ?この手の話では。
指定の食材から調味料から副材料まで込み込みの価格とは思えない金額じゃない?

えっと、私がレシピ更新してるからわかりやすい例えを書いたんだけど。

これをOKしたら、自分の労力や手間、センス、諸々の大安売りじゃない。こんな話は。

かといって、インフルエンサーのように広告としての価値のようなものは自分には無いわけでしょ?
YouTubeなんて再生1〜2。ツイッターなんてフォロワー2桁で地味にやってるのだから。

例えばよ?
すっごくスタイルの良い女声がインスタグラマーをやっていて、フォロワーも凄い数がいる。
そこに美容でもダイエットでも良いけど、サプリの会社の人が「毎晩これを飲んで寝てます」と使ってる写真を投稿して欲しいと依頼したとするじゃない?
要はステマなんだけどw

こういう人はそれを見た人が買ったり興味を持つっていう広告価値があるわけでしょ?
これは「自分を安売りしない」って出来るから良いけど…

裏方だと難しいよねたらーっ(汗)




映像を作るにしても、演者側は妥当な金額が出やすいけど、作成や編集する側はそうじゃない。

うーん、そうだなぁ。
心霊特番で使うUFOや幽霊の映像や写真。これを作ってと個人クリエイターに注文するとなったら?
いくら支払うのが妥当かなんてわからないじゃない?

結局ね、料金の妥当ラインが無いものは難しいよね。




例えば、会社の登記申請を依頼された個人事務所がね。
書類の諸々や申請にかかる日数を日割りで決める。
1日日給1万円と考えて、1週間かかるから10万円でいいですよ。こんな感じ?

実働7日で終わると見込んでいたら、今回は安くしておきますよ。7万円でいいです。そう言っても日給1万円は確保してるので痛くない。どうせかかる経費は別なんだから。

こういうものは赤字出なきゃいいって料金設定が出来るから良い。

材料費も日数も手間も、どれだけかかるかわからない。例えばレシピのようにね。

引き受けたら損するだけ。こういうものが多い中で、「社畜の時代は終わった。これからは自分で稼ぐ時代だ」と言える?
文章系も音楽系も、AIがどんどん開発するだろうし。

人間が究極の消費ロボットになる時代なら想像できるかな?
機械やAIが生産したものを、人が消費し続けるだけ。こんな時代なら。
posted by Mako at 05:38| 日記

2019年08月19日

ついでのお話

前回のブログ記事に続いて、ちょっと、追記をしようと思います。

過去、私のツイッターには、それなりの数のフォロワーがいました。
主に政治問題、社会問題についてつぶやいていたので、そっち関係の人が8割ぐらいです。

右派も左派もいました。

政治思想の合わない人に、晒しリストに入れられたりもしました。
それはそれで面白かったです。




いくつかの市民団体や、政治運動のお誘いを受ける事もありました。
全てお断りさせていただきました。

  • 私がキリスト教徒である事
  • 活動費を活動家に寄付する事に疑問があった事
  • 活動理念が合わない事


主な理由はこれです。

まず、クリスチャンである以上は絵政治的思想を看板のように掲げて排他的になる事が私には合わない。これが第一の理由です。

次に、寄付問題。
政治問題、特に近年上がってくるものは『対組織票』から動く『対政治献金』問題が切り離せないと思うのです。

これに対抗するには『一団体』や『個人活動家』に寄付する事は邪魔でしかないと考えていたのです。
1人10万円出せる人が10人集まれば100万円になります。

活動家への活動費よりも、1人の政治家へ支払われる方が良いと考えていました。
講演会に呼んで講演料を支払うにしても、中抜きになる組織は無い方が良いと思ったのです。

そして最後に理念の問題なのですが。
まるで学生運動時代の左翼だな。そう思う事がとても多かったのです。

意見も考え方も同じでなければならない。反論したり行動に疑問を持てば淘汰される。

私はこれが大嫌いなのです。




全員が同じ見解・同じ意見でなければならない。これは異常です。

こういう事がまかり通ると『より良い社会』はいつまでも実現できません。皆で意見や見解を出し合い、その中からより良いものを選ぶからこそ実現するのです。

いじめ問題がわかりやすいと思います。庇うと・助けると自分もいじめられてしまう。だから黙っている。

こんな社会になってしまうのです。

そして、いじめをする側が基本多数ですよ。いじめを受ける側に味方する人が誰もいない。心配してくれる人がいない。皆が多数派の意見に従っていじめをする側にまわる。

いじめを苦に自殺する人は増えるどころか、受ける側にまわったら死ぬしかない状況が肯定されてしまいます。

村八分で一家心中も肯定されてしまいますよ。




ある人は優しい。ある人は賢い。ある人は戦闘の知識や技術があり、ある人は治療の知識がある。
ある人は教えるのが上手く、ある人は数字に強い。

あの人は短気だがその人はムードメーカーだ。あの人は運動音痴だがその人は金メダリストだ。

長所も短所も、個々に違うから成り立つし、個々に違うから活躍できる場が与えられる。

皆が同じでは社会は成り立たない。だとすれば、意見や見解にも個々の違いがあるのが自然です。




結局ですけど、キリスト教というか、聖書の説く人の本来のあり方はこれなのです。

創世記にある「人は裸である事を恥ずかしいと思わなかった」事の直接的意味はこのような事と言えます。

だからクリスチャンには合わないと、最初の理由に戻ってしまうのです。




誰でも長所を持っているし、誰でも短所を持っています。だから友達が必要で家族が必要なのです。
完璧な人なんているわけがない。
政治家であろうと教師であろうと警官であろうと。

完璧では無い人が、自分にも人に完璧さを求めるから生きづらいのだと思います。

ブレーキやハンドルに遊びがあるように、ゆとりは絶対に必要です。

ムカつく人がいるからと、全員で攻撃したらただのイジメです。
若い方が美しいからと老害認定して排除すれば、現代版ジジ捨て山・ババ捨て山です。

私学以外で、勉強についてこれない子供を排除すれば人権剥奪です。




孤独にはそれに寄り添う人が必要です。
攻撃には庇ってくれる人が必要です。
意見を偏らせる事はこれを実現しません。

戦争しらい人もいれば反対する人もいる。
国益が大事だと言う人がいれば、国益より人命だと言う人もいる。

テロで人質になった人物。紛争地帯のジャーナリスト。
「テロには屈しない」という理由で亡くなれば、「尊いのは人命だ」と言う人が遺族を慰めます。

「人命は尊いのだ!」と政治家を叩く人がいれば「人類の為にした選択だ。よく批判に耐え頑張った!」と励ます人が必要です。


posted by Mako at 23:50| 日記

N国党に絡むシバターさん?(笑)

NHKと言えば…
私が好きだった番組は『LIFE!〜人生に捧げるコント〜(YouTubeに動画がまだありますよ)』で、中でも『プラス車掌』と『妖怪どうしたろうかしゃん』が大好きでした。

NHKさんも、結構頑張ってるのよね。

私は『公共放送』は必要だが『現NHK』である必要は無いという立場。

私には私の意見がありように、皆それぞれ意見がある。
でね、シバターさんといえば炎上軍でしょ?だから(その辺(界隈)の人物には)触らない方がいいかなぁ?と思っていたので悩んだんだけど…

まぁ、書き始めてしまったのでいいですわ(笑)




シバターさんさ、あれって炎上狙いで物申すしたの?それとも旬の話題で数まわしたかったの?
いくらなんでも…
と思ったら2本目上がってた。

うーんとね、『国民』は馬鹿という表現方法ね。これって支配者側っぽい感じがして嫌w

『民族』という括りで言えば、もし、急に『戦争』が起こったら。
こういう場合に『共に助け合い』『共に戦い』『共に労苦する』存在が『国民同士』なので。

ってか、本来『戦争』は、国家元首同士のもので貴族のものであるはずなんだけど。それは、まぁ、置いておこう。

だから『国民』という括りで愚弄するのはあまり好きじゃないかなぁ?と、私はそう思うの。

この場合使うとすれば『大衆』だと思う。基本『大衆』は馬鹿ですからね。扇動されやすいし感化されやすい。

TV側の言う「お茶の間の皆さん(死語w)」は「一般大衆の皆さん」で良いと思うの。

急に選挙に立候補する芸能人。それに投票するファン層や冷やかし層。これは『国民』というより『大衆』が相応しい言葉になると思うのよ。

一部の『愚かな大衆』の為に『国民』を愚弄すると、余計な敵というか、不快に思う人を増やすような…




「僕はマツコ派です。」と言うのも、「僕はあの政権放送を見て気持ち悪いと思った」と言うのも、これは自由です。
立花先生じゃ無いけど『公共放送』では無い場所(ツール)で『主観を述べているに過ぎない』のですから。

ただ、『国民は馬鹿』という言い方は、本来「シバター面白いなぁ」という視点で視聴している層を減らしてしまう可能性があるよねぇと思った。

最近はネットで政治運動してる人も減ったから良いけど、少し前なら『民族派』や『市民活動家』、ネットに拠点を置く『政治団体』に『愛国心』や『愛国者』系の理由で街宣かけられる可能性がもあったわけで。

同じ意見、同じ見解しか出ない社会こそが自由を剥奪された闇社会です。
だから様々な意見がある事は『健全な自由社会』なので良いです。とっても。

でも、多くの大衆に向けて批判を公開する時は「わからない事はわからない」と述べるべきだし、「知らない事は知らない」と意思表示すべきです。

「主観でしかない」事もそれをわかるようにしておいた方が、自分を守る為に良いと思いますね。

NHKを変える為には政治家(立法者側)になる必要があった事は、NHKが『特殊法人』であり『総務省の外郭』である事により労せずすぐにわかります。

この事も、最低限知ってからの方が良さそうですよね。
だって、企業が案件依頼できるレベルの、広告塔になれるレベルの影響力を持った人ですから。




立花先生は、ある日突然政権放送に出てきたわけでも無く、チャンネルBANをされながらも、長い年数ネットでNHKを糾弾してきた方です。

NHKの強固な集金に悩む方に直接関わって対峙してきました。

中には、随分前に亡くなられた親のNHK料金。「死んだとはいえ解約していないのだから、たとえ死んでいたとしても払うべき」という理屈で、亡くなった年まで遡り多額の請求。こういう事に悩んでいた方もいらっしゃいました。

立花先生本人も癖があって色物っぽいし(笑)早合点や勘違いも多々あって(笑)
そこが人間らしくて良いのです。


間違いを修正するのも謝罪するのも遅い人ではありません。

こういう正直さもウケていると思います。

シバターさんも、間違いを修正するのが早かったですね。
これはとても良いと思います。
posted by Mako at 21:39| 日記